40代、仕事や人生で成功する為に知っておきたい11の名言

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あなたは40代、どんな人生を送っていますでしょうか?
今40代の方であれば日常のことですが、20代30代の方は「自分がどのような40代を送っているか?」想像できないという方もいるかもしれません。

しかしながら、漠然と40代はこんな自分であって欲しい、 たとえば、「結婚して、子供が2人いて、都会でマンションを借りて、仕事では管理職になっていて…」などのイメージはあると思います。

この40代ですが、20代や30代よりもさらに重要な年代となります。なぜなら平均年齢が80歳前後と言われる現代の日本人はまさに「人生80年」のご時世であり、40代は人生の折り返しに入る年代になるからなのです。

さらに仕事においても40代は仕事において20年目〜30年目に入り、まさしくベテランの領域に入る年代。人生においても仕事においても40代ほど重要な年代はありません。
むしろ、この40代をどう送るかによってあなたの老後がどう左右されるかまで影響してくるのです。

もしかすると、そう言われて、あなたはプレッシャーを感じているかもしれません。でも、ご安心ください。今からそのプレッシャーを跳ね返すくらいの強い心を持つ方法をお伝えします。 では実際に、どのようにすればいいのでしょうか。

それは「成功へ導く名言」に出会うことです。

成功へたどり着く為には成功への道しるべとなるものが必要です。
なぜなら、その道しるべには人生の集大成を迎える為の重要な要素が詰まっているからなのです。
成功へ進む為に成功へのルートを示す言葉、すなわち「成功へ導く名言」が必要になります。ですから、今40代の人も、これから40代になっていく30代、20代の人にもぜひ読んで欲しいのです。

 

前回に続き、今回も井上裕之氏による成功への名言をセレクトしました。結果を出し続けている井上裕之氏による言葉には重みがあります。
成功への名言を噛み締めながら人生や仕事の成功をつかみ取るきっかけになれれば幸いです。

さあ、さっそく行ってみましょう!

 

【目次】

まえがき
終わりよければすべてよし
「やらない理由」に納得ばかりする人々
30代で大事故、40代でベストセラー

第1章 40 代が一生で一番重要な理由
「本物」とは何か?
50代を開花の時代にするために…
福沢諭吉が成功した理由
40代で老後のすべてが決まる
40代の準備運動
自己満足な客観的思考をはずせ
50代、60代が欲している40代像
テクニックと本質は違う
40代は変態の時期
40代で円満な成功者になる
40代のカッコよさ
捨てる勇気

第1章まとめ

 

まえがき
なぜ、40 代が人生を変える最後のチャンスなのか?

終わりよければすべてよし

本書を手にとっていただき、ありがとうございます。
 
あなたは、
 
「もう40代だから…」
 
「体力的にもきびしいからできない…」
 
「立場や責任もあるからできない…」
 
「若いときはできたのにと嘆いてばかり…」
 
「いまさら必死にやっても、うまくいかない…」
 
「昔の経験はあるはず、でもなぜかできない…」
 
…など、年齢のせいにして、できない理由を並べては諦めていませんか?
 
しかし、40代で諦めるなんてもったいないことです。
 
じつは、この40代をどう生きるかによって、理想とする50代、60代、さらには老後が決まるのです
 
つまり、40代はアナタらしい生き方を手に入れる最後のチャンスなのです。

「人生は終わりよければすべてよし」です。
 
これまでに、いろんなことがあったかもしれません。しかし、それはもう過去のことです。だから、40代を楽しく生きて、人生の最後をしめくくろうじゃないですか!

 

「やらない理由」に納得ばかりする人々

でも、こういった話をすると、多くの人が自分にはできない、関係ないことだと思ってしまいます。
 
「自分には学歴がないし…」
 
「お金も時間もないし…」
 
「出世街道からはもうはずれているし…」
 
「夫婦の関係もあまりよくないし…」
 
など、ほんらい思い描いていた「理想の人生」を諦めている人が多いのが現実です。
 
でも、大丈夫です。そう思うのも仕方がないことなのです。
 
なぜなら、そこには「潜在意識」が大きく関係しているからです
 
「潜在意識」は、変化を恐れたり、新しいことに恐怖を覚えたりして、やらなくてもいい理由を探すものです。だから、「潜在意識」そのものを変えなければあなたの人生はずっと何もできないままです。

 
だから本書では、「潜在意識」を変えるために必要な「やるべきこと」と「やってはいけないこと」を書き記しました。
 
多くの書籍には「やるべきこと」ばかり書いています。しかし、潜在意識を変えるには「やってはいけないこと」をやらないことが必要なのです。だから、多くの人が「やってはいけないこと」ばかりやって疲れ果てているのが現実なのです。

 

30代で大事故、40代でベストセラー

私は30代で大事故に遭ったことをきっかけに、それからの人生を必死になって生きてきました。「やるべきこと」を必死にやり、「やってはいけないこと」をまったくやらなくなったため、40代のいま自分の理想とする人生が実を結び始めています。
 
私の本業は歯科医師ですが、40代になってから、ふと気づいてみると、いつの間にか本を書く人の仲間入りをしていました。おかげさまでベストセラーと呼ばれるような書籍も出すことができました。
まえがきなぜ、40 代が人生を変える最後のチャンスなのか?

さらに、セミナーや講演活動の講師、多くの成功者と呼ばれる方々との人脈、セラピストに本業の歯科医師の仕事も波にのり、私自身、驚くぐらい夢や目標を実現し、いまは自分のやりたいことにまい進しています。
 
私は、私にかかわるすべての人に本書をきっかけにして人生を変えてもらいたいと思っています。
 
だから本書では40代のあなたが理想の人生を手に入れるために何をすればいいかまとめました。
 
第1章では、「40代が一生で一番重要な『理由』」を解説します。

40代の生き方が残りの人生にどれだけ大切かということや40代から爆発的に成長するために必要なことを紹介します。
 
第2章では、「異性にも同性にもモテる「人間関係力」の築き方」を紹介します。相手が自然にあなたを受け入れる人間力の身につけ方について解説していきます。
 
第3章は、「最高の人生にするための『お金』と『時間』の使い方」についてです。40代で本物になるための効果的な「お金」「時間」の使い方について解説します。
 
第4章では、「いままでできなかったことができるようになる『潜在意識』活用法」を紹介します。潜在意識の使い方からあなたに良い潜在意識を取り込む方法をお教えします。
 
第5章では、「『自由に選択できる人生』を手に入れる方法」を紹介します。40代を楽しく生きるために人生を変える9つの方法を解説しています。
 
第6章では、「40代でやってはいけないこと」を解説します。「潜在意識」に良い影響を与えるために具体的に何をやってはいけないかがわかるはずです。
 
40代は人生の折り返し地点。まだまだ先は長いですが、それでいて、時間をムダに使っていいほどは残っていません。その貴重で、可能性のある時間をどう使うのかを考えられる最後のチャンスなのです。
 
40代からでも、人は変わることができます。成長もできるのです。なぜなら私にもできたのだから。
 
人生の本番はこれからです。残りの新しい人生を切り開いていくきっかけをいまからつくっていきましょう。

井上裕之

 

 

第1章 40 代が一生で一番重要な理由

〜40 代で爆発的な成長を遂げる方法〜
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「本物」とは何か?

「貧すれば鈍する」とはよくいったもので、私たちの多くは、社会状況が厳しくなるとこうした歴史的教訓をしばしば忘れてしまいます。
 
この本を手に取った40代あるいは間もなく40歳を迎える読者のみなさんは、本物の成功を手に入れようと、これまで自分を磨いてきた方々だと思います。それがまだ明確な経済的な豊かさに結びついていないとしても、30代をつうじて勉強に励み、たくさんの知識と技術を身につけてきたことでしょう。
 
そのために時間とお金を投資したことでしょうし、心のどこかに、投資に見合うリターンをえなければいけないという気持ちがあるに違いありません。たとえば、これだけ一生懸命に働いてきたのだから、大きな家に住み替えができるくらいのお金をえたいとか、40代で役員の椅子に座りたいとか、子どもに存分に教育投資をして医者や弁護士にしたいとか。
 
しかし、そんな夢や目標はあまりにも小さく、しかも旧いルールに縛られたものにすぎません。
 
40代という人生の節目を過ごしていくにあたり、私たちは、小さくて低い限界を自分に課すことに決別しなくてはなりません。投資に見合うリターンといわなくてはならないような情けない夢や目標ではなく、私たちには本当に欲しいもの、本当につかまえたいものがあるはずです。
 
では、何をつかまえるのか。
 
当たり前のことですが、新しい価値を創造することです。
 
価値の創造は、どんな時代においても、人間がなしうる最高の行為です。まして、社会が大きく変化するときならば、その重要性は、過去と比べものにならないほど増していきます。社会はそれを熱烈に求めるでしょうし、それができる人間は評価され、その存在価値を増していくはずです。
 
一生懸命に仕事をしているのに報われなくてたいへんだと考えるのではなく、「チャンスだ、喜べ。望んでいたことが実現する」と考えるべきなのです。いよいよ、自分が磨いてきた知識と技術の価値が認められると、ワクワクして未来をイメージすることです。
 
そして、「本物」とは何か、「本物」になるためにはどうあるべきかという視座を、より強く意識することが必要です。
 
こういう時代には、自分の中にある偽物の考え方は容赦なく淘汰されていきます。みんな同じ条件、環境におかれているわけですから、偽物の考え方を押し通して一攫千金を狙っても、失敗したり裏切られたりするだけです。
 
逆に、本物の考え方には、少なくともそれを実現するチャンスが与えられます。みんな同じ条件、環境におかれているわけですから、本物に、むしろ人々の期待とお金が集まるでしょう。そして、より強い本物の考え方が生き残り、生き残った考え方にこそ多くが与えられるわけです。

 

50代を開花の時代にするために…

私の考えでは、40代は、30代とはまったく異なる人生の10年間です。
 
30代はがむしゃらに自分を磨くべき時代です。それこそ、寸暇を惜しんで仕事に取り組み、知識と技術を習得し、若さという追い風を受けて恰好をつけ、勢いを誇るべき10年です。
 
40代は、30代の勢いのままに過ごすことは可能でしょう。じっさいに、そうやっている人はたくさんいると思います。

ところが、そうやって10年を終えた50代の人の中に、先輩成功者が認め、あるいは後輩たちが尊敬の念を持ってついてくるという人を私は知りません。

なぜでしょうか。
 
何事においてもそうですが、物事の成就には、決まったものが、決まったときに、決まった順番でやってくるということが重要です。
 
例として適切なのは、子どもの精神の発達でしょう。精神心理学においては、この原則がことのほか重要です。
 
たとえば、男の子の性衝動であれば、口唇期、肛門期、男根期という発達段階があり、これが内的、外的な障害によって順番どおりにやってこないと、統合失調などの精神疾患を起こすことが臨床的に知られています。来るべきものが、来るべきときに、来るべき順番でやってこないと、精神が正常に発達していかないわけです。
 
成長した大人がこうした発達段階から完全にフリーなのかといえば、私は違うと思います。精神的にも肉体的にも社会に適応したはずの大人であっても、いかにも大人らしい大局的な考えを持つ人もいれば、いつまでも子どものような理屈から逃れられない人もいます。
 
私の実感でいえば、このことは学歴や知的レベルとの相関が薄いようにも思います。
 
たとえば、高い学歴やキャリアを持っているのに、浅く幼い思考しかできない人はいくらでもいます。逆に、学歴はなくても、物事の本筋を逃さず、本質をたちどころに把握する人は大勢います。何が人間を分けるのだろうかと考えていくと、私がたどりついた結論は、来るべきものを、来るべきときに、来るべき順番で体験したかどうかなのです。
 
もちろん、大人の場合は、子どもの精神的発達とは異なり、短い期間のうちに、相当に厳密に来るべきときと順番が決まっているわけではないでしょう。とはいえ、成功者たちと体験的な人生の話を掘り下げていくと、おおよそ10年単位の発展段階があることに、必ずといっていいほど気づかされます。
 
私なりに分類すれば、20代はいわば下積みの時代、30 代は吸収の時代、40代は実体験の時代、そして50代は開花の時代です。
 
下積みの時代は、下積みを一身に引き受けることによって成長する時代。吸収の時代は、知識と技術をこれ以上ないというところまで吸収する時代。そして、体験の時は、自分の中に蓄積してきた物事の本質をじっさいの体験として積み重ねていく時代です。そうやって50代を迎えた人は、思考も、判断も、問題の立て方も、すべてにおいて高度でぶれることがなくなります。そして、周りの人の尊敬や信頼をいとも簡単に受け、自分がやりたいことに周りの人が率先して協力してくるという開花の時代を迎えるわけです。
 
経験的に見て、この10年単位のやるべきことを、やるべき順番でやってこなかった人は、もれなく50代の開花を迎えることができていません。
 
むしろ、その歳になってから社会の傍流に消えていってしまいます。いや、依然として表舞台にいたとしても、何か不穏な影がつきまとい、あるいはどこか社会的信頼を欠いて、360度どこから見ても円満で押しも押されもせぬ成功者にはなっていないのです。

■40代で人生を変える言葉 1■
40代は実体験の時代だ

 

 

福沢諭吉が成功した理由

こうした人生の発展段階を忠実にトレースした歴史上の人物を挙げるとすれば、私がまっさきに思い起こすのは福沢諭吉です。

 
福沢諭吉は、豊前中津藩の下級士族の次男として生まれています。幕末の地方小藩はおしなべて身分格差が激しく、さらに彼には次男というハンデがあり、優秀な若者といえども役割さえ与えられる状況にはありませんでした。
 
そんな中で彼は19歳のとき、長崎で砲術を学ぶ機会をつかみます。そして、砲術を学ぶために蘭学、つまりオランダ語を学び始めるわけです。
 
彼は蘭学で頭角を現し、20代半ばで青雲の志を抱いて、中津藩蘭学塾の講師になるために江戸表にやってきます。
 
ところが、その自信はいっぺんに潰えてしまいます。横浜の外国人居留地を訪ねると、そこに住んでいたのはほとんどがイギリス人であり、せっかく身につけてきた蘭学がもはや世の中の主流ではなくなっていることに、独り気づいたからです。このときすでに、世界の覇権はオランダからイギリスに移っていました。
 
福沢諭吉は、どれほど大きな挫折感を抱いたことでしょうか。これが最大の武器だと自分に言い聞かせ、世に出るために必死に学んできた蘭学が、すでに色あせた学問になっていた。その状況を自らの目で見てしまったのですから。
 
しかし、しばらくすると、彼は態勢を立て直します。知識が無駄になったと嘆く時間があるのなら、一から英語を学べばいいと開き直るのです。
 
もっとも、世界の動きを察知していない日本には、英語の書物はまだほとんどありませんでした。
 
そこで、諭吉は、日米修好通商条約批准に向かった使節団の護衛役、咸臨丸艦長、木村摂津守の従者のひとりに選ばれるよう働きかけます。そして、使節団とともに渡米し、現地で英語の書物を山のように購入して持ち帰ります。帰国した諭吉は、広東語の英語対訳単語集をもとに、それらの書物を読み解いていくのです。
 
これが、時代や周囲の要求にひたすらつき従った下積みの時代といわずして、何と表現すればいいのでしょうか。

20代後半に、諭吉は、今度は渡欧を果たします。そして、30歳ごろから『西洋事情』などの書を著すことによって、私たちが知る福沢諭吉ほんらいの啓蒙活動をスタートさせていきます。アメリカ独立宣言の全文を訳出したのもこのころのことです。そして、中津藩蘭学塾を慶応義塾に改名し、教育活動に専念していくわけです。
 
諭吉の40代は、明治維新後の薩長藩閥政治との戦いだったといわれています。
 
それはまさに、30代で培った西洋合理主義思想の実践、つまり私がいうところの体験の時代だったのではないかと思います。彼は「国会論」を展開し、明治政府に国会の開設を強く促し、実現していきます。民権論と国権論においても主導的な役割を担い、日本が近代国家となるために必要な概念や思想的土台を築いていくわけです。
 
このため陰に陽に藩閥による弾圧を受けますが、私が見るに、50代を迎えたころの諭吉には、もはや障害は何もなかったのではないでしょうか。これといった政府の要職に就かなくても、彼の存在は非常に大きなものでした。何か問題があると、国内外の要人が彼のもとに意見を聞きに訪れました。
 
そして、専修学校や東京専門学校、英吉利法律学校、伝染病研究所、土筆ヶ岡養生園などを次々と設立していきました。明治維新の立役者たちには傑物がごろごろしていましたが、当時、これほどのたくさんの新しい価値を創造した人物がいたでしょうか。
 
そのいっぽうで、諭吉は執筆活動や旅行に非常に多くの時間を費やします。彼は、そうやって思う存分に開花の時代を堪能したのです。
 
やるべきものを、やるべきときに、やるべき順番で行うことのできた人は、私の周囲を見渡しても、福沢諭吉がそうであるように人生で非常に大きな成功を手に入れている人ばかりです。

■40代で人生を変える言葉 2■
開花の時代への準備をしろ

 

 

40代で老後のすべてが決まる

40代を迎え、あるいはこれから40代を迎えようとしている現代のビジネスマンのほとんどは、不況下の中で20代の下積みの時代と30代の吸収の時代を懸命に生きてきたのではないかと思います。
 
そして、いまはまだ、40代が30代の延長線上にあるかのように考えて、人生に取り組んでいる人が多いのではないかとも思います。
 
30歳になったころ、私は、40代は仕事に取り組むことで獲得してきた知識や技術を、人間関係や日常生活、あるいは新しい物事への取り組みなど人生のすべてに敷衍して、実体験していく時代だと考えていました。つまり、知識や技術を支えている本質的な考え方を、実践によって自分の中に蓄積していかなければならないと意識していたわけです。

なぜ、そのようなことを考えたのかといえば、40代の先に見えるはずの50代、あるいは60代というものを見据えていたからです。
 
当時から私には、どうしても実現したい夢と目標がありました。そして、それを50代で実現するためには、40代で大きく飛躍しなければならないと決意を固めていました。こんなことを大っぴらにすると、30代でずいぶん老成した考えを持つ男だと感じるかもしれません。若さが持つ勢いで毎日を過ごすよりも、戦略的に人生を構築することを考えていたわけですから。
 
しかし、他人と異なる大きな夢と目標を実現しようとすれば、人知れず20年、30年単位で人生の計を立て、実践しようとするのは、私にとってごく当たり前のことでした。
 
私は、これまでの人生を当時考えたとおりに生きてきて、いまは先進的な医療技術を有する歯科医師として認められ、病院経営にも成功し、そのいっぽうでいくつもの著作を出版し、成功哲学や成功法則の講演にも招かれます。私のことをあまり詳しく知らない人たちには、何もかも手に入れた恵まれた歯科医師という評価かもしれません。
 
しかし、逆説的にいえば、私はまだ何も手に入れてはいません。
 
私にとって、いまの自分は人生の通過点です。私の夢と目標には、まだ先があり、その先の先も控えています。私は、福沢諭吉のように大きな仕事を成し遂げたいし、彼に匹敵するような新しい価値を創造したいとも考えています。
 
そして、そうした人生のゴールに向かって40代でなすべきことを行っていると、そのひとつひとつに「これが、たしかに夢の実現に結びついていく」という強い手ごたえを感じます。
 
40代は、本物への登竜門です。その意味で、人生を成功させるための最大の決戦に当たる10年間といってもいいでしょう。

20代、30代に泥にまみれて必死に取り組んできた人も、要領よく成果を出してきた人も、それは、30代でやるべきことをやってきただけのことにすぎません。この先も同じ意識で競争に勝ち残っていけるはずはないし、30代と同じように実績を積み重ねるだけで50代に開花できるという考えも通用しません。

40代は、30代とはまったく異なるステージであるとはっきり認識し、頭をがらりと切り替えることが必要です。
 
40代の経験の時代をどう生きるかは、その人の50代の価値を決めます。さらに、それはその人の60代も、70代も規定するでしょう。有り体にいえば、老後の幸せはすべて40代が決めるということです。
 
このことを理解して、40代を戦い抜くことができれば、この先どのような社会環境の激変を迎えたとしても、あなたの価値は高まりこそすれ、髪の毛一本ほどにも減ることはないでしょう。どんな状況になろうとも、あるいは状況が厳しくなればなるほど、社会はあなたを認め、あなたの言葉を聞き、あなたに協力しようとするでしょう。明治維新後の社会が、福沢諭吉に対してそうであったように。
 
とはいえ、40代で行う戦いは、本物になるための戦いですから、もはや体力任せのがむしゃらの戦いではありません。
 
何をどう戦うべきか。これからじっくりと、私の考えを開陳していくことにしましょう。

■40代で人生を変える言葉 3■
40代こそ最大の決戦

 

 

40代の準備運動

「有為転変は人の世の常」と、しばしばいわれます。

ご存じのことでしょうが、この世の存在は、さまざまな条件や原因によって絶えず移り変わっており、少しもとどまることがないという意味です。

人間も物事もすべて時間とともに変化するのは当たり前のことですが、私たちはそれを知っていながら、かなか変化についていくことができません。

たとえば、2カ月連続で売り上げが減ったときに、たいていの人は「何か挽回かする手を考えよう」と思うでしょう。

しかし、それが翌月も翌々月もつづくだろうという予測を立てる人はあまりいません。売り上げの減少という事実の中に社会の変化を読もうとするよりも、それに抗って売り上げを挽回することに一生懸命になるわけです。
 
その結果、目先の売り上げは挽回できるかもしれません。しかし、売り上げの減少がつづくうちに、いずれは挽回する手段も尽きていきます。ビジネスマンの多くは、それが在庫循環や景気循環による変化だという事実を後になって知り、売り上げ減でいよいよ行き詰まってから、本格的な対策を考え始めるのではないでしょうか。

このことは、経済の変化だけでなく、環境の変化、人間関係の変化などすべての事象に当てはまります。

たとえば、何かの原因で信頼を失い、人間関係にひびが入ったとしましょう。

たいていの人は、すぐに反省し、それを修復しようと努力するでしょう。悪い人でなければ、相手も関係修復の働きかけをしてくれるかもしれません。しかし、表面的に人間関係を修復することができても、相手との間にじっさいはしこりのようなものがずっと残ります。
 
以前と変わらない調子で相手と一緒に仕事をつづけていたとしても、そのしこりが何かの機会に表に噴き出すことはよくあります。そして、あるとき突然に、どきりとするような言葉を投げつけられたり、手ひどく突き放されたりして、「そうか、溝は埋まっていなかったのだな」と気づきます。たいていの場合、その溝は自分が考えていたものよりもずっと大きくて、はっとするほど驚かされるのではないでしょうか。

それが、物事が動いているということです。

何事においてもそうですが、一度何かが起こると、それによって生じる影響はその瞬間がピークなのではなく、しばらくの間、拡大していきます。このことは、何かがいい影響をもたらしたときも同じです。
 
こうした先々の変化をはっきりと認識していれば、私たちはあらゆる面でよりよい対策を取ることができます。
 
人間関係が壊れたときも、その影響がしばらくつづくのだと認識していれば、無理にそれを修復しようとはしないし、信頼を取り戻すための努力を積み重ねようと覚悟もするはずです。それを静的に捉えて、簡単に修復できたと勘違いするから、後でショックを受けるわけです。
 
不思議なことに、多くの人は変化というものにあまり頓着しません。変化の兆しに敏感な人も、ほとんどの場合は出遅れているか、何も手を打っていません。人間は、半年後、1年後のことを想定することができても、3年後、5年後、10年後に対して働きかけていくということが、どうにも苦手のようです。
 
これは、なぜでしょうか。
 
その主たる理由は、私たちの多くが動的なものの見方に慣れていないせいではないかと私は思います。目の前にある物事を静的に観察することには長けていても、私たちはそれが動いているものであるということをふだん深く考えようとしません。そのため、多くの人は、自分の人生をコントロールする選択肢を、時間とともにどんどん狭めていってしまっているのです。
 
それが、人生はままならないという諦念をもたらし、身を小さく固めて生きていく姿勢につながっているのではないかと、私には感じられます。
 
こうした生き方が身に染みついてしまっているとしたら、楽しい人生や、大きな成功をつかめるはずはありません。たとえあなたの人生が順風満帆だとしても、先々の変化に怯えて身構えているかぎり、それは決して末広がりの成功に結びついていかないでしょう。
 
精度の高い予測はできないとしても、変化を読むこと、それに備えることは、決して難しいことではありません。
 
たとえば、「二度あることは三度ある」という警句があります。これが人口に膾炙した事実は、私たちがいかに先読みを苦手としているかをよく表していると思います。逆にいえば、こうした単純な警句にこそ、真実が込められているということです。「まさか三度目はないだろう」と安易な思い込みをしないことが、変化を読むための第一歩になるということです。
 
人生を戦略的に組み立てるためには、物事を動的に考えることが重要です。ごく当たり前のことかもしれませんが、この点をしっかり認識することが、人生の成功を手に入れるための40代の準備運動です。

■40代で人生を変える言葉 4■
物事は動いていることを忘れるな!

 

 

自己満足な客観的思考をはずせ

客観的に自分を捉えることは、人間が生きる上でとても大切なことです。同時に、40代の10年を成功の糧にするためにも、40代の自分はどうあればよいか、その姿を客観的に把握することが重要です。

じつは、自分のことを客観的に把握することができる人は、強い人といえます。そういう人は、自分が何を持っていて、何を持っていないか、誰よりもよくわかっています。そして、そのために何をするべきか、何をすべきでないかも、よく理解しています。当然、そうしたことを自分で深く理解しているのですから、なすべきことを実行する能力にも自然と長けていきます。

客観的に自分を見るというと、多くの人は、「そんなことはわかりきっている」と思うに違いありません。ビジネスマンは、お客さんの立場になってサービスや商品を提供するのが仕事だし、相手の気持ちがわからなければそもそもコミュニケーションも成り立ちません。ふだんから誰もがそれを意識して仕事をしているのだから、いまさら客観的も何もないというわけです。

しかし、本当にそうでしょうか。

私がよく感じるのは、人間は自分に関してほとんど客観的に把握していない、ということです。

「私は自分を客観的に捉えている」という場合でも、それは、自分はこういう人間だと強く思い込んで、自分が客観的にこう見えるはずだという自分像を自分勝手につくり上げているにすぎません。広く社会的な視点に立って自分がどう見えるのかという点は、ほとんど考えていないのです。
 
たとえば、工場のパートタイマーの人に、めちゃくちゃな要求をする担当責任者はその典型ではないでしょうか。私は、ある工場でその人をたまたま見かけました。パートの仕事は午後4時までと決まっているのに、「悪いけど、今日は6時まで残業してくれないか」と無理に頼み込んでいました。
 
そのパートタイマーは、仕事を午後4時で終え、それから買い物をして家族の夕食をつくらなければならないし、そのほかにもやらなければならない家事がいくつもあるはずです。
 
ところが、そんなことお構いなしに、半ば強制的に残業を提案し、飲ませてしまうわけです。結果として、その担当責任者は、パートさんの間で「会社の都合で振り回す嫌な奴だ」と悪評ふんぷんです。担当責任者は「会社のため」と自分を正当化するわけですが、パートさんは「仕事の管理が悪いことの尻拭いをさせられている」と思っています。これで工場の生産性が上がるとしたら、まったくの驚きです。
 
お客さんの立場に立って仕事のことを考えられるのに、パートさんの立場で考えることはできません。これは、お金を払う側の都合で物事を考えることであり、つまるところ、客観的な思考とは無関係です。
 
このような思考に慣らされてしまった人は、自分についても、客観的に把握できていない人がほとんどです。

■40代で人生を変える言葉 5■
相手の立場に立てるようになれ!

 

 

50代、60代が欲している40代像

では、どうすればいいか。

その方法は、2つあります。

まず、先輩ビジネスマンが40代の人間をどう捉えるか、目上の人、年上の先輩たちの視点を持つことです。

たいていの人は、目上の人に気に入られたいという気持ちを持っていると思いますが、そのじつ、目上の人の考えというものを知りません。自分がその年齢に達した経験がないため、ふだんからそうした人たちと親密に接している人以外は、目上の人のものの見方をなかなか自分のものにできないのです。
 
ここで試しに、50代、60代の部長や役員は、40代社員をどのように見ているか、基本的なことを考えてみましょう。

まず、彼らにとって、40代社員は期待の星です。彼らは、自分たちの能力のほうが上だと思いながらも、仕事を若い世代に早くバトンタッチしたいという思いを抱いています。
 
「いやあ、うちの役員は唯我独尊で、そんな気持ちは微塵もありませんよ」というかもしれませんが、それは見かけや態度が「まだ若い者に任せることはできん」といっているだけで、本心はその逆です。
 
その理由は、50代も半ばを過ぎると、もはや身体は40 代のときのようにいうことをきいてはくれないからです。また、より高度な思考力や判断力はあるかもしれませんが、それを実行に移す力は否応なく衰えているという理由もあるでしょう。
 
考えてほしいのですが、あらゆる物事の企画力は、それを実現するプロセスの中にこそ集約されています。設計図があれば、プロセスに関係なく同じ結果がえられるというのなら、誰も苦労はしないでしょう。
 
そのため、立場が上の50代、60代は、どんなに高度な思考力や判断力があったとしても、それをプロセスの中に落とし込み、実現していく人を必要としています。自分たちの考え方を深く理解し、それを実行し、期待どおりの成果を上げてくれる若い人を必要としているわけです。
 
このように50代、60代が欲している40代像を考えていくと、あるべき自分の40代像が具体的にわかってくると思います。それは、50代、60代とも対等に意見を交換し、彼らが気づかない新しい要素を指摘することでマスタープランを補完し、それを具体的な指示として現場に落とし込んでいくことのできる人物ということです。
 
「なんだ、そんなことか」と思うかもしれませんが、大切なことは、そういう視点で自分をしみじみ見つめてみることです。それが、客観的に自分を把握する、第一の方法なのです。
 
そうした視点を持つことができれば、部長や役員があなたに対して頼もしく思ってくれる部分もあるいっぽうで、至らない点も思いのほかたくさんあることがわかるようになります。
 
部長や役員に抱いている、気に入られたいという利己心、あるいは自分のほうが能力が上だという対抗心を捨て、彼らの目線をありのままに受け入れ、その目線で自分を眺めるのです。

そのようにして自分を顧みることが、自分を客観的に把握する第一歩です。それができれば、会社で仕事を成功させていくために、どのような40代ビジネスマンになるべきかについて、より深く理解することができるようになるでしょう。

それがきっかけとなって、30代では気づかなかった価値観、たとえば円熟したビジネスマンにならなくてはいけないというような人間的な成長の新しいビジョンも、生まれてくるのではないでしょうか。

■40代で人生を変える言葉 6■
自分に期待されているものを知れ!

 

 

テクニックと本質は違う

自分を客観的に把握するもうひとつの方法は、自らに対する正当な評価を行うことです。

あなたは、20代、30代のおよそ20年間で、さまざまな知識と技術を蓄積してきたはずです。これだけは負けないという得意技や、このパターンなら絶対に勝つという必勝パターンも身につけているに違いありません。

とはいえ、自分の中に存在するそうした知識や技術の蓄積が、本当に有効なのか、有効ではないのか、本当に正しいのか、正しくないのかという問題は、つねにつきまといます。
 
たとえば、「この仕事は、こう捉えれば間違いない」と考え、そのとおりに実行して成功していたとしても、もっと有効な方法があることに気づくことはよくあります。あるいは、長年正しいと思っていた方法が、むしろ効率の悪いものだったと判明することもあるでしょう。
 
私は歯科医師ですが、歯科医学の分野でも、そういうことはよく起こります。とくに、臨床では、年とともに新しい術式や治療法が流行りますが、それが本質的に有効で正しい医療だという評価を下されるまでには、やはりそれ相当の時間を要します。

10年あるいは20年がたつうちに、流行の方法からさまざまな枝葉がとれて、これが治療の本質だという部分だけが残っていきます。
 
ビジネスにおいても、30代で身につけた知識や技術を正しく評価し、自分の本質的な能力として磨き上げていくのは、その人が40代で行う仕事のコアを形成する部分です。したがって、20代、30代で蓄積してきた知識や能力を精査し、40 代を迎えたらそれを正しく評価する作業を行う必要があるわけです。
 
たとえば、営業マンが顧客心理やコミュニケーションを学び、自分なりに完成度の高いセールス術を身につけ、実績も上げてきたとしましょう。
 
しかし、それがセールス術という範囲に収まるテクニックであるうちは、まだ本質的なものに昇華されておらず、本物とはいえないかもしれません。テクニックにはまってくれるお客さんが相手なら成功しても、そうでないお客さんには通用しないからです。

この指摘に思い当たるフシがあるならば、あなたはテクニックの中に込められた本質的なものに、まだたどりついていないということになるでしょう。あなたの得意技も必勝パターンも、まだ改善の余地があるし、未完成だということです。

■40代で人生を変える言葉 7■
まだ未完成だと認識しろ!

 

 

40代は変態の時期

40歳というのは、肉体的な節目を迎える年齢でもあります。

あなたは、自分はまだ若いと考えているかもしれませんが、そのうちに必ず、若さを決定的に失ったという感覚にとらわれるときがくると思います。それとも、あなたはすでに、そういう感覚を経験ずみでしょうか。
 
私にそれがやってきたのは、44歳になろうとしているころでした。年齢にふさわしい老いがやってくることは十分にわかっていたので、とうとう来たのだと真摯に受け取め、むしろ50代、60代に向け身体をつくる上で改めて戦略的に捉えるいい機会となりました。そのとき、私はふと、急に老けこんで人間的につまらない存在になっていった先輩の姿を思い出しました。打てば響くような人だったのですが、40歳を過ぎたあたりからなぜか世の中に対する関心が失せ、守勢ばかりが目立つようになりました。私と彼は徐々に疎遠になり、いまは形ばかりの賀状のやりとりをするだけになっています。彼の人間的な変化も、もしかしたら肉体的に大きな峠を越えたという実感がきっかけになったのかもしれないと、私はそんなふうに考えたわけです。
 
それからしばらくして私が理解したのは、40代はいわば変態の時期であるということです。変態とは、さなぎが成虫になる、あの変態です。
 
人生で、よく昆虫の変態にたとえられる時期は、青年期でしょう。

たしかに、細胞分裂を激しくくり返している子どもの時期から、細胞分裂が終わり、成長が完成した大人へと移行することはとても大きな出来事です。

子どもが成長していくときは、細胞分裂だけでなく、言語能力、思考能力、計算能力、あるいは空間把握能力などを獲得していき、まさに成長の飛躍がつづきます。それを自ら体験してきたがゆえに、細胞分裂が終わってしまった大人は、大人の成長をどこかしら小さく見積もり、子どものそれのような魅力を欠いていると捉えてしまいます。

■40代で人生を変える言葉 8■
40代でも成長できる!

 

 

40代で円満な成功者になる
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ところが、私の実感では、それはまったく間違っています。
 
たとえば、20代あるいは30代のとき、自分が爆発的に成長した経験を持つ人は少なくないと思います。仕事でも知識や技術の習得でも、それに懸命に取り組んでいると、突然、頭の中に詰まった知識の断片が全部つながり、目の前に全体像がくっきりと現れる瞬間があります。
 
それと同じような爆発的成長が、40代でも起こります。

わかりきっていると思っていたことが、じつはその裏側にまったく思いもよらない世界が広がっていたり、見たことも聞いたこともないメカニズムが働いていたり、複雑怪奇と考えてきた事柄がじつに単純に解けたり、そうした新しい知の地平が突如開けてきます。この爆発的成長をいいあらわす適当な言葉が見つからず、あえて昆虫の変態にたとえましたが、この世の中には、40代、50代、60代にならないと理解できないたくさんの新しい世界が、まだまだ私たちを待っているわけです。
 
よく40代は精神的な充実を迎える年代といわれますが、それは、いま述べたような40代の爆発的な成長を指しているのだと、私はいつも考えています。それは、円熟味を増すという意味でもあるはずです。
 
40代を有効に過ごすことのできた人は、50代、60 代と年齢が進むにしたがって、人間、社会、世界、そして宇宙のことまでも、はるかに深く理解することができます。私自身はまだその道行きの途中ですが、私はそうした素晴らしい先達をたくさん知っています。そして、円満で自信に満ちた成功者は、みなそのような人ばかりです。

あなたが成功者として50代、60代を送るためには、40代の過ごし方には人一倍注意するべきです。そして、精神的な充実を目指さなければなりません。

とかく30代は、目先のことにとらわれたり、競争にただ勝てばいいという考えで仕事をしたり、つねに自分の利益を優先したりしがちです。自分の職能を磨くためには、それも必要なことだったでしょう。「カッコいい上司」として姿を示し、後輩たちをひっぱっていくためにも、そうした30代の振る舞いが必要だったと思います。

ところが、その30代の延長として40代を送った人は、50歳になったときに、もはや周囲にとって魅力のある人ではなくなってしまいます。

あなたの周囲にいる50代の先輩を、このさいぜひ眺め渡してください。

あなたから見て、仕事のできる先輩はたくさんいることでしょうが、「この人なら、心から信頼してついていける」とあなたが評価できる人が、いったいどれほどいるでしょうか。
 
後輩はそういう50代に対して、「いつまでも子どもっぽいところが残っていて憎めない」とか、「がむしゃらでいいところはあるけど、100%の信頼を置くことはできない」とか、そういう評価を下しているでしょう。後輩からこんなことをいわれる50代が、本当はどんなに情けないか、その点をよく考えてみる必要があります。
 
彼らは40代を30代の延長として過ごしたために、若かりしころの「未熟者」が、年齢が進んで「不熟者」に置き換わってしまったわけです。

円満な成功者、そして重厚な50代になるためには、40代で自らを人間的に熟成させ、きわめて大きな飛躍を遂げる準備を行う必要があります。そのための方法はおいおい記しますが、まずは40代という貴重な10年を送るための心構えをつくりましょう。
 
「40代まで生きてきたら、人間、そう簡単に変わることはできないよ」
 
よく聞かれるこのセリフは、その意味で、じつはまったくの認識違いであることが理解できるのではないでしょうか。

■40代で人生を変える言葉 9■
30代の延長では生きるな!

 

 

40代のカッコよさ

あるとき、私が尊敬する素晴らしい方が、こんなことをいいました。

「恰幅のいい、オヤジらしいオヤジになることは、とても重要なことだよ」
 
その方はすでに60歳、丸眼鏡をかけ、頭の白髪はずいぶん薄くなり、外見もずんぐりむっくりです。身なりはたいてい、おろしたてのボタンダウンシャツに紺のジャケット、下はグレーのスラックスによく磨きこまれた黒の革靴、そして胸元にはさりげなくブローチをつけるというアイビールックです。本業は酒問屋ですが、翻訳家、あるいはファッション普及イベントの実行委員としてのほうが、よく名を知られた存在です。
 
オヤジらしいオヤジになるというのは、その方一流の表現で、私が先に述べたように人間として熟すことが重要だということと同じです。その方くらいの存在になると、相手を評価する基準は、仕事ができるとか、頭が切れるとか、そういう話ではなくなります。その方がよく口にするのは、「たいした男だなあ」という言葉なのですが、たいしたことがある、たいしたことはない、これが人間を量るたったひとつの基準になっているわけです。
 
先日、話題にのぼったのは、数年前に亡くなった、50代のある男性のことでした。
 
その話題の人には、先天性障害の娘さんがいました。彼は、会社を辞めて起業したばかりのときに結婚し、会社を急成長させていく過程で娘さんを授かったのですが、生まれつき両腕が動かず、耳も聞こえなかったのです。
 
悩んだのは、奥さんのほうでした。入れ替わり立ち替わり来客があるような経営者の裕福な暮らしをしながら、いっぽうでは障害者の娘の存在が重くのしかかりました。しかも、娘をどのような大人に成長させればいいか、力を尽くして奔走したのは、むしろ夫のほうです。寸暇を惜しんで娘のために働きかける夫とは異なり、娘の日常の面倒を見るだけで、毅然ぜとして前進しようとする夫を支えられない自分に嫌気がさし、奥さんが夫に離婚を申し出たのです。
 
すると、その男性は、あっさり会社を売却してしまいました。そして、その売却益をもとに一家で外国に行き、娘さんを専門の教育施設に入れました。その施設は、似たような境遇の子どもばかりが集まっており、その環境が娘さんに健やかな成長を促しました。奥さんのほうも、娘さんの成長に具体的な光明が見えたことで、心の平安をとり戻すことができました。娘さんは、いまではプロの絵描きの卵になっています。口に絵筆をくわえて、絵を描いているのです。
 
もっとも、まとまったお金をつくることができたとはいえ、その一家にいつまでも裕福な外国暮らしができるはずはありません。彼は、実入りがいいという理由で、富裕層相手の庭師の仕事をするようになるのですが、病気で倒れるまでの10数年の間に、庭師としてもそれなりの地歩を築きました。そして、数年前にガンで亡くなったのです。
 
つい先日、娘さんが初の個展を開き、上々の評判だったといいます。それを思いだしたので、アイビールックの方がこの話を始めたわけですが、娘さんの作品は、入念に描かれた架空の人物画ばかりだったそうです。
 
「本人がぜんぜん意識していなかったとしても、あれは全部、父親を描いているんだよ」といって、その方は「それにしても、たいした男だったよなあ」と、その男性がそこまでして望んだ娘さんの成長を喜びました。
 
アイビールックの方にとってみれば、亡くなったこの男性は、それこそ恰幅のいい、オヤジらしいオヤジのひとりだったということです。

■40代で人生を変える言葉 10■
たいした男になれ!

 

捨てる勇気

さて、私たちの多くは、自分の生き方にもカッコよさを求めてきたと思います。30代であれば、仕事ができることがカッコよさだったでしょうし、人よりもたくさんのお金を稼げることもカッコよさだったかもしれません。あるいは、いかにも仕事ができる人間に見える、カッコいいワークスタイルを求めていたという人もいるのではないでしょうか。

そのために、ある人は情報機器に工夫を凝らし、またある人はファッションにこだわったことでしょう。衣装にこだわりなどないという人も、ある意味で、こだわらないという姿勢がカッコよさの表現手段になっていたといえます。
 
しかしながら、40代を迎えた人は、それとは別の人間のカッコよさがあるということに、そろそろ目を向けなければなりません。
 
それは、人間として潔い生き方をすることです。
 
潔いという言葉を、若い人はなぜか、諦めがいいという言葉と混同しているように思います。
 
しかし、自分が手に入れたいものを諦めるだけなら、それは決して潔いことではありません。どうしても手に入れたければ、人間はそれを手に入れるためにあらんかぎりの努力を注ぎ、じっさいに手に入れてしまいます。少なくとも、成功者と言われる人たちは例外なくそうやっています。
 
もし何かを諦めてしまうとすれば、それはその人にとって、本当に手に入れたいものではなかったということにすぎません。手に入れたくもないものを諦めることが、潔さと何か関係するでしょうか。
 
本当の潔さとは、本当に手に入れたい大きな何かをえるために、それまで手に入れたいと考えてきた大きな何かを諦めることです。
 
先に紹介した男性のケースでは、障害者の娘さんの幸せを手に入れるために、事業の発展という夢を手放しました。事業家で、成功した事業をもっと大きくしたいと願わない人はいません。

ところが、娘さんが障害を負って生まれてきたという新しい現実に直面し、彼は選択を迫られました。そして、このまま事業をつづけていれば家族の幸せが壊れるという瀬戸際を察知すると、彼は一転、すべてを投げ打つ決断を下しました。
 
これは、自らの命と引き換えに娘を救ったというような美談ではありません。そのような美談なら、世の中にいくらでも転がっています。
 
重要なポイントは、決断しなくてはならないときに、決断すべきことを、大局的に決断したという点です。
 
状況が刻一刻と悪いほうに動いていくとき、人間は必ず判断力を鈍らせてしまうものです。しかし、そのような状況の中で間違いのない決断を行ったところに、その人の潔さが表れているのです。

40代は、選択の時代でもあります。さまざまな局面において、何かをえるために何かを捨てなければいけないという選択を迫られます。
 
人生の夢や目標を達成するために、やるべきこと、やるべきではないこともはっきりしてきます。また、30代のときのように、あれもこれも手に入れたいと思っても、そのすべてが人生の成功に役立つわけではないということもわかってきます。

同時に、人生の夢や目標を実現するために、それまで手に入れたいと思いつづけてきたことを、潔く諦めなければならない局面に立たされることがあるはずです。
 
そのときに、間違いのない決断を下せるかどうかは、あなたが自分自身の本当の夢や目標を深く理解しているかどうかにかかっています。
 
そのためにも、すでに紹介したように、自分を客観的に捉え、虚飾のない自分の骨格を知るということが、どうしても必要です。人間、最後は骨格の勝負だからです。

■40代で人生を変える言葉 11■
決断せよ!

 

第1章まとめ

●人間の本質を分けるものは来るべきものを、来るべきときに、来るべき順番で体験したかである

●40代と30代はまったく異なるステージであると認識し、頭をがらりと切り替える必要がある

●物事は動的であり、変化するものだと考える

●先輩方の目線をありのままに受け入れ、その目線で自分を眺めることで、自分を客観的に把握することができる

●20代、30代で蓄積してきた知識や能力を精査し、40 代を迎えたらそれを正しく評価する作業を行う

●40代、50代、60代にならないと理解できないたくさんの新しい世界が待っている

●40代はさまざまな局面で、何かをえるために何かを捨てなければいけない選択の時代

【書籍目次】

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『40代でやるべきこと、やってはいけないこと』

40代でやるべきこと、やってはいけないこと もくじ

まえがき

第1章 40代が一生で一番重要な理由
〜40代で爆発的な成長を遂げる方法〜

第2章 異性にも同性にもモテる人間になれ!
〜相手が自然にあなたを受け入れる「人間関係力」の築き方〜

第3章 「お金」と「時間」をどこに投資すればいいのか?
〜最高の人生にするための「お金」と「時間」の使い方〜

第4章 今までできなかったことができるようになる!
〜「自由に選択できる人生」を手に入れる「潜在意識」活用法〜

第5章 「自由に選択できる人生」を手に入れる9つのリスト
〜40代を楽しく生きる!人生を変える9つのリスト〜

第6章 40代でやってはいけない10のリスト
〜今すぐできる!「潜在意識」に良い影響を与える習慣〜

あとがき 

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