あなたの体はあなたの想いが作っている!年齢による変化に人生を振り回されなくなる驚異のノウハウ

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人はいつ老いるのでしょうか?
赤ちゃんは子供へ…。子供は大人へ…。大人は老人へ…。
このような変化は、人類が生まれ幾たびも重ねてきた自然の原則です。

 

しかし、それは本当に「真実」なのでしょうか?

もし、そのような流れを意図的に変えられるなら…
今回は、そんなちょっと不思議なノウハウをご紹介します!

今回私たちに肉体と年齢について教えてくれるのは、医学博士のディーパック・チョプラ氏です。

チョプラ氏は、心と体の医学や、ウェルビーイング分野の世界的な第一人者として知られ、75冊を超える著書の多くがベストセラーとなっています。それらは35か国で翻訳され、発行部数は2000万部を超えています。

ビル・クリントン前大統領からは「アメリカは、代替医療のパイオニアであるディーパック・チョプラ博士に代表される、インド系アメリカ人の皆様の貢献により豊かになった」と評価され、ミハイル・ゴルバチョフ元ソビエト連邦大統領からは「チョプラ博士は間違いなく、われわれの時代で最も分かりやすく感銘を与える哲学者だ」と評されています。 

また、タイム誌発表の「20世紀の英雄と象徴トップ100」にも選ばれており、「代替医療の詩人・預言者」と紹介されています。

さらに、マイケル・ジャクソンやレディー・ガガ、ミランダ・カーなど、多くのハリウッドセレブたちのメンターや相談役として活躍されてきました。

そんなチョプラ氏は、私たちに人生の意味をこう教えてくれます。

「あなたがここにいる目的は、宇宙を進化させるためなのです。」

パンチの効いたお言葉です。

宇宙の進化とは…?私たちの人生とは…?

様々な疑問が頭をよぎる中、それでもなぜか拭い去れないこの考えとともに、チョプラ氏は優しく教えを授けてくれます。

「私たちの肉体的進化は、20万年前に止まりました。あなたの肝臓、肺、心臓、腎臓(じんぞう)は、原始人たちのものと同じです。実に、人間の遺伝子は、その60%がバナナの遺伝子と同じです。そして、90%はネズミの遺伝子と同じで、99%がチンパンジーの遺伝子と同じなのです。

言い換えれば、私たちを人間たらしめているその他すべてのものは、肉体的進化というよりは、はるかに非物質的進化によるものです。私たちは、自分自身を発明、発見し、その過程で肉体を一緒に連れてきたのです。」

肉体の進化は終わった。

これより先は、人間の精神的な進化が重要なのだと。世界は、それを望んでいるのだというのです。

私たちは、確かに自分の肉体の成長を通して、自分自身を発見してきました。

身長が伸び、体力が向上し、第二次性徴を迎え、肉体的にも精神的にも変わっていくことを経験しています。

そのような肉体の成長プロセスが遺伝子によりもたらされていることは百も承知です。

チョプラ氏はこうしたメカニズムを医学的な見地から理解しつつも、肉体と精神の密接な関係について次のように語っています。

「目に見えない力について話すと、とても神秘主義的に聞こえるかもしれませんが、個人的なレベルでも完全に目に見えない力である「愛」というものを体から切り離すことはできませんし、恋に落ちると強烈な身体的変化が引き起こされることを証明するのに科学は必要ありません。

体はモノであるという考えに固執するのをやめてしまえば、ずっと明白であっただろうことに気づくでしょう。つまり体とは、目に見える世界と見えない世界の間をつなげるものであるということです。」

目に見える世界と、見えない世界。

この両者を深く知ることで、私たちの思いが、精神が、肉体をコントロールしうる力を持つというのです。

そしてそれは、私たちの年齢すらも超越し、歳を取ることと肉体的な老いの相関すらも飛び越えられると教えてくれます。

少し突飛な考えに思われるかもしれません。

ですが、その真偽を確かめるには、実際にチョプラ氏の考えに触れてみることが大切です。

多くのセレブや著名人から絶大な信頼を受けているチョプラ氏の哲学、思想、世界の見え方を、あなたも理解してみませんか?

さぁ、これから真実の未知の世界へ、足を踏み入れてみましょう!!

はじめに
忘れ去られてしまった奇跡
あなたの今の体の状態を知るチェックリスト
ブレイクダウン―破壊―からブレイクスルー―突破―へ
どのように自分自身を発明、発見したのか
源に還っていく
生命のプロセス
ブレイクダウン―破壊―は終わりにしてブレイクスルー―突破―のみに
breakthrough #1 あなたの物理的な体は「フィクション」である
real story #1 エイデンの場合
幻想の未来
微細な行動
「微細な行動」が作用する仕組み
あなたの物理的な体は「フィクション」である まとめ
愛のある行動とは何か

 

はじめに

忘れ去られてしまった奇跡

私がインドの医大に入学して最初の学期のことです。暑苦しい解剖室へと入り、シートがかけられた遺体と対面しました。
 
そのシートをめくることは恐ろしかったけれど――間違いなくエキサイティングな体験でもありました。私はメスを手に取り、胸骨の上の皮膚にまっすぐ鋭い切り込みを入れました。
 
人体の神秘が、まさに明らかにされようとする瞬間でした。
 
それは同時に、遺体から神聖性を剥ぎ取ることでもありました。いったんあちらに渡ってしまったらもう二度とは戻って来られない一線を、私は越えてしまったわけです。
 
つまり、科学の恩恵によって事実に基づいた膨大な知識は得られましたが、その一方で、豊かな精神的叡智は失われてしまったのです。
 
なぜこの両者は両立できないのでしょうか?
 
両立するには、創造的思考という跳躍が、つまりブレイクスルーが必要となるでしょう。
 
私はこのブレイクスルーのことを「体の再発見」と呼んでいます。あなた自身、自覚されていないかもしれませんが、体とはそもそも、発見されたものなのです。
 
どんな医学雑誌でもいいので、読んでみてください。おそらく完全に人為的に作られた概念をたくさん見つけることでしょう。
 
ある日、私は腰を据えて、医大で教えられた「信じるべき学説」をリストアップしてみました。するとそれは、次のような、あやしげな主張の長い一覧となったのです。

●体とは、可動部品で組み立てられた機械であり、その他すべての機械と同様に時間の経過とともに劣化していくものである

●体とは、常に汚染や病気というリスクにさらされている。劣悪な環境は体に侵入し、免疫の防御反応を打ち負かそうとする菌やウイルスで満ち溢れている

●細胞と臓器はそれぞれが分離した存在なので、別々に研究されるべきである

●ランダムで一貫性のない化学反応が、体内で起きるあらゆることを決定付ける

●脳は、心の操作が可能な生化学反応と無数の電気信号を結びつけることによって心を創造している

●記憶は、脳細胞の中に保存される。しかし記憶がどのように、どこで保存されているのか、いまだ発見されてはいない

●非物質的なものは現実ではない。現実とは、原子や分子に帰着する

●遺伝子がわれわれの行動を決定する。マイクロチップのように、遺伝子は体に何をすべきか命令するようプログラムされている

●体に関するすべては、生存のため、つまり配偶者を見つけて繁殖するという究極のゴールのために進化してきた

私は当初、これらの学説は非常に説得力があると感じていました。医者として診察し、治療してきた体と一致する内容だったのです。
 
患者たちは、「部品」を摩耗させ、当時救急外来を担当していた私のところにやってきました。私は彼らの症状を、処置を施せる程度にまで改善することができました。侵入してくるバクテリアを排除するために抗生物質を処方したりしました。
 
それでも、こうした人々の誰もが、故障し、修理を必要とするような機械とは無関係の人生を送っていたわけです。彼らの人生は、意味や希望、感情や憧れ、愛や苦しみに満ちたものでした。
 
機械なら、そんな人生を送るわけがありません。もしくは臓器の集合体だとしたら、そのような人生を送らないでしょう。
 
ほどなくして私は、科学のレンズを通して体を見ることは不適切であり、また不自然だと思うようになったわけです。
 
間違いなく、体は再発見される必要があります。意味ある人生を送るためには、体を使わなければなりません――体がなくては何も経験できないのです――だからあなたの体も「意味あるもの」であるべきなのです。
 
最も高次な意味、目的、知性、そして創造性を体に与えているものは何でしょう? それは私たちの中の神聖な側面です。このことについては本著の続編で「魂を復活させる」というテーマで詳細を説明しています。
 
私は宗教的な用語をあまり使いたくありません。なぜなら、宗教的な用語は感情的問題に満ちているからです。
 
しかし「魂」を避けて通ることはできません。90%の人々が、人間には魂があり、魂こそ人生に究極の意味を与えてくれると信じています。
 
魂は神性です。魂が、私たちを神とつなげています。人生が「愛」「真実」「美」を有する限り、魂こそが、そうした特性の源であると考えているのです。完璧な理想の恋人のことを魂の伴侶(ソウルメイト)と呼ぶのも偶然ではありません。
 
魂と体の間では常に情報交換のようなフィードバックが行われています。私たちはその両者の間に分離を作り出しました。そして分離こそ現実であると信じるようになってしまったのです。
 
あなたは、恍惚感も神の存在も感じたことなどないと反論するかもしれません。そうだとしたら、私たち人類が魂を宗教的な意味合いに限定し、狭い範囲でとらえていることを反映しているだけに過ぎません。あらゆる文化における叡智の伝統を詳しく調べてみれば、魂にはもっと他の意味があることに気づくでしょう。
 
魂こそ生命の源であり、死んでいるものに命を吹き込む火花のようなものなのです。魂は心と感情を作り出します。言い換えれば、魂とは、経験の礎ともいうべき存在なのです。魂は、あらゆる瞬間に姿を現し、創造をもたらす導管もしくは通信ルートとして機能しています。
 
こうした高遠な考えがなぜ重要になるかというと、魂が行うすべてのことは、体の中で起きるプロセスへと変換されているからです。あなたは、文字通り、魂なくして体を持つことはできません。これこそが「忘れ去られてしまった奇跡」です。私たちは皆、魂によって作られた体なのです。
 
私が皆さんに証明したいのは、体は再発見されることを必要としており、皆さんはそれを成し遂げるパワーを持っているということです。
 
妙に聞こえるかもしれませんが、これまで何世代にもわたって、体は不当な扱いを受けてきました。科学が発達する前の時代においては、体はあまり重要視されておらず、不衛生な環境やひどい食べ物を与えられ、さまざまな要素から防御されていない状態にありました。このように、苦痛と病気に満ちた、短命で惨めな人生を送るのが当然の時代でした。
 
これこそまさに体が引き起こしたことです。当時の平均寿命は30歳ほどで、子ども時代にかかった病気を生涯ひきずりました。
 
こうした人生観がもはや過去のものとなった今、あなたも私も大いに恩恵を受けているわけです。
 
体に対する期待が大きくなるにつれて、体を不当に扱うこともなくなりました。今、あなたの体は、意味や意義との再結合、魂のより深い価値との再結合を実現するであろう、次なるブレイクスルーの準備が整いました。
 
体から「愛」「美」「創造性」「インスピレーション」を奪い取る理由などありません。あなたも聖人たちと同じような恍惚感を味わうことを望み、実際に味わったとき、あなたの細胞も同じ恍惚を感じるでしょう。
 
一人ひとりの人生は、完全な経験となるよう意図されています。しかし人々は身体的問題や精神的問題でもがき続け、体と魂のつながりが分断されてしまっているのではないかという根本原因をなかなか探ろうとしません。
 
私は、そのつながりを復活させたいという希望を持って、この本を書きました。
 
私は今、皮膚の下の神秘を明らかにするために初めてメスを握ったあの日の自分と同じぐらいやる気に満ち溢れ、楽観的であり、私の楽観主義はスピリットにまで広がっています。
 
世界は癒しを必要としています。あなたが自分の魂を目覚めさせるように、人類は世界の魂を目覚めさせています。癒しの波が私たちを覆い尽くす日も近いかもしれません。最初は小さな波かもしれませんが、それはひとつの世代のあらゆる期待をはるかに超えるほどのうねりになる可能性を秘めた波なのです。

 

あなたの今の体の状態を知るチェックリスト

ブレイクダウン―破壊―からブレイクスルー―突破―へ

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誰にとっても、体とは、時を経るごとに問題を抱えるようになっていくものです。子どもの頃は自分の体が大好きで、めったに体について考えることもありません。
 
しかし、年をとるにつれて、もっともな理由で体に対する愛情は冷めていきます。多くの病気や苦痛を治療するのに何十億ドルもお金が使われ、さらに何十億ドルものお金が、実際よりも自分を美しく見せるための化粧品に無駄に使われています。
 
率直に言って人間の体とは不完全なものですし、これまでもずっとそうでした。体を信頼することもできません。なぜなら、しばしば前触れもなく病気にかかるからです。体は時間の経過とともに劣化し、最後には死んでしまいます。
 
ここで、このような問題に真剣に取り組んでみましょう。生まれたときに与えられた肉体で何とかやりくりするのではなく、まったく新しい体へのアプローチ方法となる、ブレイクスルーを探そうではありませんか。
 
ブレイクスルーは、ある問題について斬新な考え方をし始めるときに起こります。最も大きなブレイクスルーは、何の制約もない考え方をし始めたときに生じるのです。
 
鏡の中に映っている自分の姿からいったん目をそらしてみてください。もしあなたが火星人で、体が時間の経過とともにどのように老いて、衰えていくか見たことがなかったとしたら、まったく逆に、体は時間の経過とともにだんだんよくなっていくものだと信じるかもしれません。
 
生物学的に見ると、体が不完全である理由などないのです。この観点からスタートしてみましょう。あなたの心から古い思い込みを消し去ってください。今あなたは、状況を完全に変化させるブレイクスルーや画期的な考えを自由に享受することができるのです。

あなたの体に際限はありません。あなたは、宇宙全体のエネルギー・創造性・知性を受け取って伝えている存在です。

今この瞬間、宇宙はあなたの耳を通して聞き、あなたの目を通して見、あなたの脳を通して経験しています。

あなたがここにいる目的は、宇宙を進化させるためなのです。

これらは決してとっぴな考えではありません。人類の体は、すでに宇宙の中で最も進化した実験の場なのです。
 
あなたも私も、生命の最先端にいます。生き残りの最大のチャンスは、その事実を受け入れることです。地球上の他のどの生命体よりも急速な進化のおかげで、今日、私たちの健康はますます向上し、寿命は長くなり、創造性は溢れんばかりになり、科学はどんどん急速に進歩するという可能性のビジョンを持てるようになったのです。
 
私たちの肉体的進化は、20万年前に止まりました。あなたの肝臓、肺、心臓、腎臓は、原始人たちのものと同じです。実に、人間の遺伝子は、その60%がバナナの遺伝子と同じです。そして、90%はネズミの遺伝子と同じで、99%がチンパンジーの遺伝子と同じなのです。
 
言い換えれば、私たちを人間たらしめているその他すべてのものは、肉体的進化というよりは、はるかに非物質的進化によるものです。私たちは、自分自身を発明、発見し、その過程で肉体を一緒に連れてきたのです。

 

どのように自分自身を発明、発見したのか

あなたは生まれたその日から、ずっと自分の体を発明、発見してきましたが、わざわざそう考えない理由は、そのプロセスがごく自然に生じてきたからです。その自然なプロセスを当たり前のことだと思うのは簡単ですが、それが問題です。
 
今日、あなたが自分の体の欠点だと思っているものは、生まれつきのものではありません。それは、遺伝子によってもたらされた弱点でも、自然が犯した過ちでもありません。あなたが行ってきた選択のひとつひとつが、意識的であれ、無意識的であれ、あなたが創造した体の中で作用してきたのです。

次に挙げるのは、あなたがこれまでに起こしてきた、そしてこれからも起こし続ける身体的変化の一覧です。ごく基本的なものに限定しましたが、すべて医学的根拠があり、あなたの体のあらゆる部分が含まれています。

●新しいスキルを身につけるたびに、脳内で新しい神経回路網が作られる

●新しい考えが浮かぶたびに、脳内活動の独自のパターンが作られる

●気分の変化は「伝達分子」を通じて全身に運ばれ、各細胞の基本的な化学的活動を変化させる

●運動するたびに、骨や筋肉が変化する

●何かを食べるたびに、日々の代謝、電解質平衡、筋肉に対する脂肪の割合が変化する

●性行為や子どもを作るという決意は、ホルモンバランスに影響を与える

●自分のストレスの度合いによって、免疫システムが強まったり弱まったりする

●何も活動していない時間は、一刻一刻と筋肉を委縮させる

●遺伝子は思考や感情に波長を合わせ、願望や欲望に応じて不可思議な方法でオンとオフを切り替える

●免疫システムは、人間関係における愛情の有無によって強まったり弱まったりする

●悲しみ、喪失、孤独という危機は、病気や短命のリスクを高める

●心を使うと、脳は若く保たれる。脳を使わないと、脳の劣化につながる

このような手段であなたは自分の体を発明してきましたし、またいつでも望むときに再発見することができます。ここでの明白な疑問は、数々の問題が長いこと私たちの目の前にあったにもかかわらず「なぜ私たちはこれまで自分の体を再発見してこなかったのか?」ということです。
 
その答えは、パズルの小さなピースをはめ込んでいることのほうが、全体を見るよりもずっと簡単だからです。医学は各専門領域に分かれて実践されています。
 
もしあなたが恋に落ちたら、内分泌学者はあなたの内分泌系でストレスホルモンが減少したと言うでしょう。精神科医は、気分が向上していると報告し、神経科医はそれを脳スキャンによって確認することができます。栄養士は、食欲減退について心配するかもしれませんし、一方で、いざ何かを食べれば、いつもよりも消化力が高まっているのです。
 
このような感じで、全体像は決してわかりません。
 
さらに複雑なことに、体は非常に変わりやすく、見事なマルチタスクぶりを発揮しているので、変容を促すために踏み出すべき一歩があると想像するのも難しいのです。
 
さて今、あなたは恋をしているかもしれません。妊娠しているかもしれません。田舎道を走っているかもしれませんし、新しい食事法を試しているかもしれません。睡眠時間を削っているかもしれませんし、睡眠時間が増えたかもしれません。仕事がうまくいっているかもしれませんし、うまくいっていないかもしれません。
 
あなたの体は、まさしく動く宇宙なのです。
 
自分の体を再発見することは、宇宙全体を変化させることになります。
 
そして体に部分的に対処することは、木を見て森を見ないことになります。自分の体重にこだわる人もいれば、マラソンのためにトレーニングをする人もいます。またある人はヴィーガン(完全菜食主義者)の食生活をしており、その彼女の友人は更年期障害に直面していたりします。
 
トーマス・エジソンの発明は、石油ランプを改良することではありませんでした。彼は、先史時代以来、人間が生み出した唯一の光源であった火の使用をやめ、新たな源を大発見したのです。それは創造性における飛躍的進歩でした。
 
もしあなた自身が自分の体の創造主であるのなら、あなたを待ち受けている飛躍的進歩とはどんなものでしょうか?

 

源に還っていく

もしエジソンを私たちのお手本にするなら、体に関する最後の偉大な再発見は、ある原則にしたがっていました。

●体は物体である

●それは、複雑な機械のように組み立てられている

●機械はいずれ壊れる

●体という機械は、分子レベルでは同様に小さな機械としての細菌や微生物に常に攻撃されている

しかし、これらはすべて時代遅れな考えです。
 
もしもいずれかの仮定が真実であるとしたら、電磁波過敏症など起こりえないでしょう。これは、最近現れた新しい症候群で、ただ電気のそばにいるだけで不具合や痛みを引き起こすというものです。
 
電磁波過敏症は、少なくともひとつの国では非常に深刻にとらえられており、たとえばスウェーデンでは、電磁波過敏症と診断されると自宅を電磁場から遮断するために補助金が出るほどです。
 
携帯電話が体に悪いという広く流布する恐怖は、まだ確定したわけではありませんが、電磁波過敏症というものが存在するのかどうかを調べることは、ずっと簡単なように思えました。
 
ある実験で、被験者が電磁場の中に入れられ(私たちは、電子レンジ、ラジオ波やテレビ信号、携帯電話での通話、電線といったかたちで日常的に電磁場に囲まれているのですが)、電磁場がオンになったりオフになったりするたびに、どのように感じるか質問されるものでした。
 
そこからわかったのは、正確に電磁波を感じられた人はいなかったということです。自分は電磁波過敏症だと主張する人々も、そうではない人より敏感に反応することもなく、結局当てずっぽうに過ぎないということがわかりました。
 
しかし、これで問題が解決したわけではありませんでした。追跡実験において、被験者は携帯電話を与えられ、耳に当てたとき、痛みや不快を感じるかどうか聞かれました。すると、電磁波過敏の人々は、鋭い痛みや頭痛を含むさまざまな不快感を訴え、MRIでその脳を見ることによって、彼らが真実を話しているとわかりました。
 
つまり、脳内の痛みを処理する中枢が活発化していたのです。
 
問題なのは、その携帯電話は偽物であり、いかなる電気信号も出していなかったという点です。したがって、ある種の人々にとって「痛くなるかもしれないという予測」だけで痛みを生み出すには十分であり、彼らが次に、本物の携帯電話を使うときには、電磁波過敏の症状に苦しむことでしょう。
 
心因的な影響だとして片づけてしまう前に、一息ついて、じっくり考えてみましょう。もし誰かが、自分は電磁波過敏症であると言うなら、そして脳も電磁波過敏症であるかのように作動するのなら、その症状は本物です――少なくともその人にとっては。
 
心因性の症状は、それを経験する人にとっては現実なのです。しかし、彼らがその症状を作り出したというのも事実です。実際にずっと大きな現象が作用していて、新しい症状が表れたり消えたりするのも、新たに作り出したものかもしれないということです。
 
もうひとつの例は、拒食症や過食症のような摂食障害です。一世代前には、このような疾患は稀でした。
 
それが今や、とりわけ10代の女子に特有の疾患になっているようです。生理前症候群(PMS)は、以前は大いに注目されていましたが、今では影が薄くなっているようです。カミソリやナイフで皮膚に浅い傷をつける自傷行為は、患者の多くは若い女性で、以前はほとんど注目されていなかったのですが今では増えています。
 
このような新しい疾患が現れたとき、医者たちはまずその患者が本来は想像上のものである病気を作り出したか、もしくは精神異常によるものであるという対応をとります。しかし、疾患が広がって、患者が病気を発現させるスイッチをオフにすることができないことがわかると、もう結論はひとつしかありません。自分で作り出した症状も、本物であるということです。
 
機械は新しい疾患を作り出すことなどできません。体が機械であるという考え方自体がもともと不完全なのです。もしあなたが長時間、車を運転したら、その作動部分は摩擦によってすり減ります。
 
しかしあなたが筋肉を使えば、筋肉は使えば使うほど強くなります。
 
機械の場合、「使わない」という状態は、新品同様の状態を保つことができますが、私たちの体の場合は退化を招くのです。
 
関節がきしんで関節炎を起こしたりすると、機械の摩耗した作動箇所にたとえるのにぴったりなように思えますが、関節炎自体は、単なる摩擦ではなく、多くの複雑な不調が重なって引き起こされるものなのです。
 
一生のうちに体が老朽化していくという考えはまだ変わっていませんが、対症療法だけは施されてきました。では私たちの体が機械でないとしたら、この体はいったい何なのでしょう?
 
あなたの体全体は、生きることを支えるホリスティックでダイナミックな――全体的で動的な――プロセスそのものです。あなたはそのプロセスを管理する担当者なのですが、この重要な任務にどう取り組むべきかという知識は誰からも与えられていません。だからこそ、この任務は想像を絶するほどスケールが大きく、すべてを網羅し、終わることがないのかもしれません。

 

生命のプロセス

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今この瞬間あなたの体は、細胞レベルにおいて何十万という化学変化を融合させながら絶え間なく流れている川のようなもので、一瞬たりとも同じ状態を保っていません。そして体の中で起こっている変化は、決して当てずっぽうではなく、命を前進させて過去の最善のものを保持するという目的を常に果たしています。

 
あなたのDNAは、進化の全歴史が記録されている百科事典のようなものです。あなたが生まれる前に、DNAはあらゆる知識が準備万端に整っているか確認するためにその百科事典にざっと目を通しました。
 
胎芽は、子宮の中で生命の最も原始的なかたちである単細胞としてスタートし、それらの細胞がゆるやかに集まった塊へと成長します。
 
そして胎芽は徐々に、魚類、両生類、下等哺乳類という進化段階をたどります。原始的なえらが現れ、そして後に、肺ができるとえらはなくなります。
 
赤ん坊がこの世に生まれ出るときには、進化は進み過ぎてしまっています。脳は新生児にしてはあまりに複雑で、配線の多過ぎる電話システムのように、何百万という不要なニューロン結合ができあがっているのです。
 
生まれて最初の数年間は、その何百万という過剰な結合を整理しながら、自分を作るために機能するものを保持して不要なものは捨て去ります。
 
しかし、その時点で身体的な進化は未知の分野に到達しています。なぜならあなたの遺伝子に自動的に埋め込まれているわけではない「選択」が行われる必要があったからです。
 
この時点での赤ん坊は未知なる世界の最先端にいて、その遺伝子には百科事典の古いページはもう残っていません。あなたは次のページを自分で書かなければならなかったのです。
 
そうしていくうちに、完全に固有の人生を形成するというプロセスが始まり、あなたの体も足並みをそろえたのです。遺伝子は、あなたがどう考え、どう感じ、どう行動するかに適応してきました。
 
あなたはおそらく、完全に同じDNAを持って生まれた一卵性双生児が、大人になると遺伝学的見地からは非常に異なって見えるということをご存じないでしょう。
 
つまり、各自の成長過程でスイッチがオンになる遺伝子もあれば、オフになるものもあるということなのです。
 
70歳になる頃までには、二人の双子の染色体画像は、まったく違ったものになります。異なる生き方をすると、遺伝子もそれに適応していくのです。

「歩く」といった単純な技能を例にとってみましょう。
 
よちよち歩きの幼児は、ぎこちなく一歩一歩踏み出すにつれ、脳を変化させ始めます。前庭系として知られる、平衡感覚を司どる神経中枢が目覚め始め、活発な動きを見せるようになります。
 
これは、子宮内では発達させることのできない、脳のひとつの部位なのです。よちよち歩きの幼児が一度歩くことをマスターすると、前庭系がその機能をつかさどるフェーズを完成させます。
 
後に大人になってから、車を運転したりオートバイに乗ったり、平均台の上を歩けるようになりたくなるかもしれません。脳は、たとえ大人になっていても、変化を止めることはありません。
 
むしろその反対で、新しいことを学びたくなるとき、脳はあなたの欲求にしたがって変化するのです。バランスをとるといった基本的な機能は、微調整と訓練によって、土台となるレベルをはるかに超えることが可能なのです。
 
これは、心と体のつながりによる奇跡です。あなたは、すでにできあがった、もう変化しない存在ではありません。あなたの脳は流動的かつ柔軟で、かなり年をとっても新しい結合部を作り出すことができます。脳は衰えるどころか、進化のエンジンなのです。身体的な進化が止まったように見えるところにも、実際に可能性の扉は開いていたのです。
 
私はあなたをその扉の向こうへ連れていきたいのです。なぜなら扉の向こうには、あなたが想像したこともないような世界が広がっているからです。あなたは、あなたなくしては日の目を見ることのできない隠された可能性を解き放つべく存在しているのです。
 
これまで人類が見せてきた中でもおそらく最もすばらしいバランス技のイメージが、心に思い浮かびます。あなたも写真で見たことがあるかもしれません。
 
1974年8月7日、フィリップ・プティというフランスの大道芸人が、世界貿易センタービルのセキュリティを破りました。彼は屋根のてっぺんまで上り、共謀者たちの助けを借りて、ふたつのタワーの間に200キロもの重さのケーブルを張りました。
 
プティは、8メートルの棒を持ってバランスを保ち、43メートルもの長さのケーブルの上を歩きました。ふたつのタワーはしなっていました。
 
風は強く、彼の足下には104階分の高さがあり、それは距離にすれば400メートルにもなりました。プティは、自称プロの綱渡りアーティストであり、自分の体とバランス能力を新たなステージに引き上げたのです。
 
普通の人々を震え上がらせるようなことが、ある人間には普通のこととなりました。ようするに、プティは進化の最先端にいたわけです。彼は、直径が2センチしかないワイヤーの上を8回も横断しました。途中でプティはワイヤーの上に座ったり、横たわったりもしました。彼は、これが身体的技巧を超越したものであると自覚していました。
 
とてつもない集中力が要求されるため、プティは、自分がしていることを注視する神秘的な力を発達させました。彼は、一瞬たりとも恐怖心や注意散漫さが入り込むことを許さず、集中力を保たなければなりませんでした。
 
脳は通常、このように何ものにもゆらぐことなく集中するのは不可能で、心の中では注意散漫さが好き勝手にうごめいているものです。恐怖心は、少しでも危険を察知したら、自動的に反応します。
 
しかし一人の人間の明確な意図があれば十分でした。脳と体は順応し、進化は未知の世界へと前進したのです。

 

ブレイクダウン―破壊―は終わりにしてブレイクスルー―突破―のみに

あなたは、今この瞬間、進化の成長点に立っています。あなたが次に考えることや、次にとる行動は、新しい可能性を作り出すか、過去を繰り返すかのどちらかです。成長の可能性の領域は計り知れないほど大きいにもかかわらず、ほとんど見過ごされています。
 
進化した先に広がっている世界はどのようなものなのでしょうか。私はそれを知るために、ある一覧を作ってみる価値があると感じました。紙を取り出して、できるだけ迅速に自分の人生において成長する必要がある側面をすべて書き出してみたのです。
 
自分に限界を設けずに「私が経験したかったこと」「私をひきとめてきた障害」「私が実現したかった理想」をすべてリストアップしました。私が思いついたことは次の通りです。
 
もしあなたが、宇宙はあなたに次にどこへ行ってほしがっているかを知りたいのなら、このような一覧はその選択肢をたくさん提供してくれるでしょう。
 
あなたの魂は、ここに挙げた領域のどこにでも順応することができるエネルギーと知性を体に注いでいるのです。
 
たとえば「愛」を例にとってみましょう。今、あなたは恋愛中か、失恋したか、愛について考えているか、愛をもっとほしがっているか、愛を周囲に広げているか、もしくは愛の喪失に嘆いているかです。こうした精神活動のすべてが、それが意識的であれ無意識であれ、体に影響を及ぼしています。
 
心臓麻痺で亡くなった夫の死を嘆き悲しんでいる未亡人の生理機能は、恋に落ちたばかりの若い女性の生理機能とは非常に異なります。採血すれば、ホルモンレベル、免疫反応、脳が体に情報を送るのに用いるさまざまなメッセンジャー分子の発現量を分析することによって、その違いを、大まかに測定することができます。

さらに微細なレベルでは、MRIをとれば特定の感情が起きると脳のどの部位が光るかを見ることができるでしょう。
 
しかし、悲しみと愛はまったく異なるものだということは明らかで、あなたの体のすべての細胞がそのことを知っているのです。
 
あなたが一度、いくつのブレイクスルーを起こしたいか認識したなら、難しい点は、どれから始めるかという選択です。これこそ人々が、自分の進むべき道へと導いてもらうために偉大なスピリチュアルマスターたちに頼ってきた理由なのです。
 
もしも新しい医師に診察してもらいに行ったら、その医師がイエスか仏陀だったと想像してみてください。
 
あなたが胃痙攣を訴えても、イエスは、

「ただの風邪ですよ。本当の問題は、あなたが内なる神の王国をまだ見出していないということなのです」
 
と言うかもしれません。
 
心臓機能の検査を行った後で、仏陀は

「冠動脈に軽度の閉塞が見られますが、ぜひともあなたにやってもらいたいことは、分離した自己という幻想を乗り越えることです」
 
と言うかもしれません。
 
現実世界では、このようなことは起こりませんね。医師たちは専門家として訓練されていますので、あなたの魂について考えたりはしませんし、ましてや魂を癒してくれるわけもありません。
 
医師に診てもらうということは、車を修理工のところへ持って行き、ちゃんと走らない理由を尋ねるようなものです。
 
イエスと仏陀は、人生のいかなる局面も見過ごしませんでした。彼らは、その人全体を診断したのです。身体面・精神面・感情面・社会的側面を含む全体を、非常に正確な洞察力でもってとらえたのです。
 
あなたの魂は、理想的な医師としての機能を果たすことができます。なぜなら、魂はあなたと宇宙の接合点に存在しているからです。イエスと仏陀がどこから来たのであろうと、あなたはそこへ行くことができるでしょう。
 
その秘訣は、あなた自身の扉を開くことです。あなたは、次のブレイクスルーがどこから来るのか決してわかりません。
 
扉が開き、その瞬間から、あなたの人生は変容するのです。

 

質問:あなたは変化する準備ができていますか?

私たちはみな、体について時代遅れの考えを持って生きてきましたが、変化の気運は高まりつつあります。従来の考え方は、さまざまな衰弱の兆候を見せています。
 
あなたもこうした変化とともに変わりつつあったでしょうか?  
 
次の質問は、あなたが個人的な変化に対してどれぐらい受容力があるかを省察するものです。
 
私たちは皆、変化に対してよりオープンになることができますが、その旅が始まる前に出発点を知っておくとよいでしょう。

次の一連の質問に、「はい」か「いいえ」で答えてください。

 

はいの数の合計(    )

 

診断結果

「はい」の数が0~10個の場合

あなたは「体とは遺伝子または老化という機械的なプロセスによって基本的に固定されている」という従来の観念を受け入れており、自分は年をとるにつれて劣化するものだと信じています。

代替医療に対する信頼はきわめて低く、疑念のほうが大きいかもしれません。

「ヒーラー」たちを信用しておらず、いわゆる奇跡の治癒といったものを詐欺か自己欺瞞だとみなします。

現代医学や科学的なことを信頼していて、医師が治療してくれることを期待しますが、自分の体にさほど気を使っておらず、体に異常が見つかると宿命だから仕方がないと感じる傾向があります。

もし大きなブレイクスルーの可能性が現れたら、あなたは自分の人生に大きな変化を起こすことについて及び腰になるでしょう。

 

「はい」の数が11~20個の場合

あなたは経験を通して体に関する社会通念から抜け出しました。変化も受け入れ、ヒーリングに対する考えも柔軟です。

あなた、もしくはあなたのまわりの人々は、何らかの効果的な代替療法を試したことがあり、もはや現代医学だけが唯一の治療法であるとは信じていません。

しかし手を当てるヒーリング等の効果には疑念を抱いているかもしれません。

概して、あなたは体に関する理解において、西洋医学の考え方より満足のいくものをまだ見つけていません。

しかし慣例に従っていないアプローチは有効であると気づいています。

あなたは、自分の人生に大きな変化を起こす可能性に魅力を感じていますが、どの道が自分にとって正しいかまだ決めていません。

 

「はい」の数が21~25個の場合

あなたは古いパラダイムを捨て去ろうとして、意識的に努力をしてきました。

あなたは代替療法をしっかり受容しています。

あなたは全体を診るホリスティック医学を試した後で初めて、従来の治療法(現代医学)を検討します。従来の治療を受けるときも、薬や手術に対して慎重です。

体についての考え方は、自分が真剣に取り組んでいるスピリチュアルな旅と結びつけたものである傾向があります。他にも高次の意識を探求している人々と共鳴しています。手を当てるヒーリング等を心から信頼しています。

あなたは、いかなるかたちの物質主義も、人生のより深い神秘を本当に見抜くことはできないのではないかと考えています。あなたは、個人的変容を人生の主な目的としていて、できるだけ素早く変化したいと考えています。

 

breakthrough #1
あなたの物理的な体は「フィクション」である

ブレイクスルーは大胆な発想から生まれるもの。ですから最も大胆なところから着手してみましょう。
 
あなたの物質的な体は、自分でも常にそれが実在していると思いこんでいるのですが、本当のところはフィクションなのです。
 
あなたの物質的な体とは、あなたの心が頑なにしがみついている思考であるということがわかれば、とてつもないブレイクスルーが起こるでしょう。あなたはもう物質の塊の中に閉じ込められることはなくなります。とりわけ、自分の体について、ずっと好ましいとらえ方が自由にできるようになるでしょう。
 
確かに、五感が私たちの物質としての存在を裏付けているように見えます。「温かく柔らかい肌に触れることはただの思考に過ぎない」と認識するのは不安なことかもしれません。しかし実際、それは思考に過ぎないのです。
 
初期のキリスト教信者たちにとって、体とはスピリットから作られた肉体であり、肉体的な部分は幻想でした。温かい肌に触れることは、誘惑に触れることでした。
 
ネイティブアメリカンのホピ族にとっては、全宇宙はエネルギーとスピリットの流れであり、体はその流れの中の一時的な現象です。温かい肌に触れることは、ひと筋の風に触れるようなものでした。
 
仏教徒たちは「無常」と「幻想」というふたつの概念を結びつけました。仏教徒にとって体とは実体のない川のようなものであり、体に固執することがすべての苦しみの始まりでした。温かい肌に触れることは、幻想へと深く深く沈んでいくことでした。
 
このような考え方は、あなたが「もの」としての物質的な体を持っていると思うのと同じぐらいもっともなことであり、そして単純な事実を提示しています。つまり「人間が物質界に属しているように見える」ということについて、何らかの疑念が常に存在してきたということです。
 
岩は物質ですが、感情を持ちません。樹は物質ですが、意志を持ちません。どんな細胞も物質でできていますが、細胞は音楽を作ったり、芸術を生み出したりはしません。宇宙は、人類の進化を物質の次元から超越させたのです。
 
たとえばあなたが「本」を単に物質的対象としてのみ扱うとしたら、それがどんなにおかしなことか考えてみてください。本を燃やして燃料にすることもできますし、もしくはドアストッパーにすることもできます。破ったページをくしゃくしゃに丸めて、くずカゴめがけてバスケットボールのように遊ぶこともできるでしょう。もし本が大きかったら、武器のように人に投げつけることもできます。
 
しかしそのようにしてしまったら「本」というものの本質、まさにその存在意義が失われてしまうのは明らかです。本が「情報」「インスピレーション」「快楽」そして「美」の源でなかったら、いったい何だというのでしょう?
 
このことは、あなたの体を物質的対象としてとらえることと同じぐらい間違っています。たとえ、体は食物を燃焼させたり、ゲームで遊んだり、殴り合いや戦争が始まったらいつでも武器に変わるとしても、です。
 
あなたの体はすでに、人生の目的が物質的なものではないということを知っています。もし顕微鏡をのぞいて、病原菌がマクロファージ(文字通りの意味は「大食漢」)として知られる白い細胞に囲まれて、取り込まれ、破壊されていく様子を見ると、非常に物質的な存在に見えるでしょう。
 
しかし、あなたは自分の目に騙されているのです。あなたが実際に見ているものは、知性が作動している様子です。
 
マクロファージはまず侵入者を判別しなくてはなりません。その侵入者が仲間なのか敵なのか決定しなくてはならないのです。
 
この決断を下したら、マクロファージは敵を攻撃するためにさらに近づき、敵を殺すために有毒化学兵器を配置しなくてはなりません。
 
純粋に物質的な存在は、決断しません。ましてやこのような繊細かつ潜在的で致命的な決断など下すことはありません。
 
もし白血球が判断を誤った場合、マクロファージは、関節リウマチや紅斑性狼瘡(膠原病のひとつで、自己免疫性疾患のうち最も代表的なもの)のような、完全なる判断ミスが原因の自己免疫疾患を作り出し、自身の体の細胞を食べ始めることもありえます。
 
しかし白血球の知性は非常に深遠で、もはや使い物にならなくなったときには自らの死をもコントロールするのです。一度侵入してくる病原菌を破壊すると、マクロファージは自分の化学兵器の犠牲となって死にます。その自殺は、自発的かつ利他的なものです。ひとつの白血球細胞は、多数にとっての利益が個の利益より優先することをわかっているのです――このことを裏付けるように、白血球細胞は究極の犠牲となります。
 
もし「物質的である」ということが、体に関する古い考え方だとしたら、すみやかに新しい考え方へと移行しなくてはなりません。なぜなら、私たちの生き方は、私たちの根本的な信念を基盤にしているからです。

 

real story #1 エイデンの場合

体についての古い考え方に基づかずに、新しい体をすでに作り始めている人々がいます。
 
エイデンは50歳過ぎの男性で、どんな分野を選んでも大きな成功を望めたであろう高度な教育を受けていました。でも彼が選んだ道はスピリチュアルな道の探求でした。そしてそれは30年前に偶然始まったのです。

エイデンは回想します。

「何か不思議なことが起きようとしているという前兆もなく、すべてはごく普通に始まりました。
 
私は典型的な中流階級出身の若者でした。理想主義者でも反逆者でもありませんでしたが、ベトナム戦争直後に大学へ進学しました。
 
でも20代に入ったあたりで、自分ではコントロールできないようなことが起き始めました。
 
夜、眠っているときも、目覚めているかのように感じたものです。そして自分が泡のようなものの中に入っており、どこへでも動き回ることができたのです。
 
その泡の中に入っているときは、自分の体から抜け出したような感じでした。
 
すばらしい街や風景といった、どこかはわからない場所のビジョンが見えました。知っている人の顔も見えました。そして彼らの隠された性質もレントゲン写真のように感じとることができました。
 
こうした経験は、信じられないほど鮮明で、単に夢として片づけることはできませんでした。
 
なぜなら私は起きているときも、椅子に座りながら同じような経験を時々していたのです。寝ているときと唯一異なる点は、泡の中に入っているのではなく、自分自身が体から抜け出しているかのように感じるということです。
 
あるときは、部屋の壁を越えて自分が拡大し、家の外観が見え、人々や車が行き交うのをじっと見ていたこともあります」

神経学者たちは、このような経験を「脳が作り出したもの」……つまり幻覚剤によるものか、てんかん、または重度の精神病によって作り出された感覚の歪みのようなものであるとレッテルを貼りがちです。
 
しかし、それが正確であろうとなかろうと、体の物理的限界というものは、突然かつ予期せずして消え去りうるようです。エイデンは続けました。

「この種の経験は、あなたが思うほど奇妙なものではないと今ならわかります。
 
体を抜け出したという話はどこにだってあります。そういう人々は、天使たちのビジョンを見たり、物事が起きる前に予知したりします。
 
また、ある友人のことを考えたら、次の瞬間にその友人から電話がかかってきたりするものです。
 
でも、人は、こうした経験をしてもすぐに忘れてしまうか、もしくは心の錯覚として片づけてしまいがちです。私はそうはしませんでした。自分の経験を真剣に受け止めたのです。私はお決まりの道から離れることにしました」

私とエイデンは、互いによく顔を合わせていたマンハッタンのミッドタウンにある瞑想センターで話をしていました。同じようなエピソードを持つ人を、私は大勢知っています。
 
ほとんどの人が、意識の高次の状態に到達するというビジョンに魅了されています。そして彼もその一人でした。

「私たちは、何が現実で何が現実でないかわかっていると思っています。でもその区別は皆が考えるよりも曖昧なものなのです」
 
彼は言いました。

「私は、片時もタバコを手放せないチェーン・スモーカーを治療するという、ブルックリンに住む神父に関するニュース番組を見ました。
 
彼は、客間にチェーン・スモーカーたちを座らせ、何をしているわけでもないように見えます。でも彼は自分自身の内側へと入って行き、自分の体の中へ差し込む一筋の聖なる光をイメージするのです。
 
彼は神にお願いします。この部屋にいるすべての人が、絶え間なくタバコを吸うことをやめられますようにと。たったそれだけのことなのです。一団は部屋から一歩外に出ると、もう二度と煙草を吸うことはなくなります。
 
サンタモニカには、隣人によって自分の使命を発見したという男性ヒーラーがいます。彼の隣人は女性で、全身を覆うほどのイボの症状がありました。
 
ある晩、隣人の女性は隣に住んでいる男性に触れてもらうだけで、その症状が治るという夢を見ました。
 
そして隣の家のドアをノックし、自分の夢について話したのです。
 
彼はショックを受け、彼女に帰ってほしいと思いましたが、その女性は必死でした。
 
結局、彼女の機嫌を損ねないために、彼女の体に触れたところ、それから1日か2日して、すべてのイボは消えたのです」
 
私はエイデンに、

「あなた自身は、そのような癒しを見たのですか?」
 
と尋ねました。
 
エイデンはうなずきながらこう言いました。

「癒しはどこにでも存在していますが、一般的に人々の中にはそれを見たり受け入れることを妨げるような抵抗があるのです」
 
彼は明らかに確信していました。今、彼が探求の旅のどのあたりにいるかについて尋ねたところ、進歩している途中とのことでした。

「私は多くの局面を経験してきました」
 
彼は言いました。

「多くの理想を追求し、何度も失望しました。自分は神に近づけたのだろうか? 自分は悟ることができたと考えているのだろうか?……そんなことを考えるのを、もうやめたのです」

「では、どんなことを学んだのですか?」
 
私は彼に尋ねました。

「私は元通りになったのです。私の人生はもはや混乱していません。
 
私には源があることを知っていて、その源の近くにいることは、自分が何者であるかについて手がかりもなくさまようよりも何百万倍もよいことだとわかっています」

「では、あなたはこの旅を始めた頃のあなたと同じ人物なのですか?」
 
私は言いました。エイデンは笑いました。

「私はその人が誰であるかさえわからないでしょう。
 
思い返せば、私は変装して生きていたということがわかります。
 
その仮面を脱ぎ捨て、そしてすべてが変化したのです」
 
彼は、自己変容について話していたのでした。

「自己変容」という言葉はもはや陳腐に聞こえるかもしれませんが、そこにはまだ真の原理が存在しています。
 
変容への鍵とは、あなたが自分自身の中に見たいと思っている変化を自分で作り出すことなのです(このことは、「世界に変化を起こしたければ、あなた自身がその変化にならねばならない」というガンジーの名言を思い起こさせます)。
 
今回のケースでは、最初の変化は、まずエイデンの体に起こりました。彼は生来スピリチュアルな道の探求者ではありませんでした。
 
おそらく、何の宗教的、もしくは精神的思想も持っていなかったことが功を奏したのでしょう。
 
先入観がないことで、変化が実際に起こったときに、それに対してオープンでいられたのです。

 

幻想の未来

「変化する」ということも、またひとつの選択です。あなたの体は未知の能力を携たずさえて生きていますが、どのように進んで行くかはあなたの指示を仰ぎます。
 
あなたが新しい意志を導入すると、あなたの体は、あなたが望むことに適応するために自らその方法を見つけるのです。
 
こうした例が、過去数年において起こっています。若い世代の脳は、新たな能力を発達させています。ビデオゲームやiPod、メールやショートメッセージの送受信などインターネットとともに育った、いわゆるデジタル世代と呼ばれる子どもたちは、以前の世代の人々とは異なる脳活動を作り出すことを研究者たちは発見しています。
 
彼らの脳は、ある部分――たとえば情報に即座にアクセスしたり、ビデオゲームをするために必要なスキル――が急激な成長を遂げているのです。
 
しかし、社会的なつながりを大切にしたり、感情を認識する能力といった部分はむしろ鈍化しています。
 
もしあなたがデジタル世代ではないなら(アナログ世代という言葉がありますね)、ビデオゲームをしたり、集中的にインターネットを使うことを1週間続けたら、脳が刺激されて、新しいデジタル環境に適合するようかたちが変わるでしょう。
 
いったん脳を変化させれば、社会的規範もそれに合わせて変わります。
 
昔の子どもたちは、絆の固い家族の中で世界について学びながら社会的な生き物となっていきました。
 
もっと後の世代になると、逆に一人パソコンの前で何時間も過ごし、家族の結束もゆるくなり、まったく家族がいない場合も多くなってきました。したがって彼らは、共感することや社会的接触といったことに不器用になっていきました。
 
20年来のブレイクスルーのおかげで、研究者たちは、脳には「可塑性がある」――つまり、生まれつき固定したものではなく、変化に適応することができる――と理解しました。
 
今彼らは、日常における単純な活動が、新しい神経回路網を迅速に生み出すことを事実として認めています。
 
新しい脳がどのようなものになれるのか、そこには限界がないようなのです。

脳は、スピリチュアルな経験を提供することもできます。実際、もし脳がスピリットに波長を合わせるための新しい神経回路を作っていなかったら、神を経験することもありえませんでした。医学がこの事実に追いついたのは、ほんのここ数年のことでした。
 
ダライ・ラマ法王の協力のもと、脳科学者たちは、15年から40年の間、瞑想をしている高僧たちの研究をすることができました。
 
実験室では、僧侶たちは機能的MRIというリアルタイムに変化を観察できる脳スキャンの装置に入り、慈悲の瞑想を行うよう求められました。
 
チベット仏教の教えにおいて「慈悲」とは、いつでも生きとし生けるものを救う性質であるとされています。
 
瞑想するにつれ、彼らの脳は普通の状態では見られないほど強烈なガンマ波を出し始めました。ガンマ波は、脳全体を機能させ続ける、高次の思考と関連付けられています。
 
僧たちによって示された脳の活動の中で最も強力だった部位は、額の左側のちょうど裏に位置する左前頭前野でした。この部位は、幸福とポジティブな思考に関わっています。
 
研究者らは、その発見に大喜びしました。なぜなら、この実験結果は、精神的な活動のみで脳を変化させることができることを初めて示したものだったからです。
 
脳が身体的な活動で訓練されうるということはすでに知られていました。
 
運動選手が練習すればするほど上達する、というのはその一例です。私たちは、彼らが才能、意志、勇気を持っていることをほめたたえます。それは正しいかもしれません。
 
しかし神経学者にとって、最も偉大なランナー、水泳選手、テニスプレイヤーたちとは、難しいスポーツを行う際に必要とされる複雑な動きの調整を司る運動皮質が高度に訓練された人々なのです。
 
今回の実験では、かすかな欲望だけで――この場合は、慈悲深くありたいという欲望ですが――身体的な活動と同様に、脳が適応するようトレーニングできるということが示されたわけです。
 
ここではまた、神秘主義的な側面も作用しています。
 
愛というかたちは固形状の物質を支配しています。
 
キリストが「もしカラシの種ほどの信仰があれば山々を動かすことができる」と言ったとき、それは比喩的な表現だったかもしれません。
 
しかし愛の力は文字通り、脳を動かすことができるのです。
 
マサチューセッツ工科大学の著名な人工知能研究者が用いた荒々しい表現を借りれば、私たちは皆、脳とは「肉でできたコンピュータである」と教えられてきましたし、また疑問に思うこともなく、その考えを受け入れてきました。
 
ひとつのハードウエアである大脳皮質は、「考える」ようにプログラムされています。一方で、もうひとつのハードウエアである辺縁系は、感情を司るようプログラムされています。
 
しかし、この明確な区別は誤りだということがわかります。
 
もしも、すばらしいアイデアを思いついた瞬間のあなたの脳の活動のスナップ写真を撮ったとしたら、脳内の多くの箇所が発火していることでしょう。
 
そして新しいアイデアを思いつくたびに、わずかに異なるパターンが生じるのです。それとは対照的に、コンピュータにおいては、何らかの指令が送られるたびに、同じ回路基板が光ります。

「配線」という概念は、コンピュータ向けのものです。脳は、瞬時にして自身の配線を作り直すことができるのですが、コンピュータとはまったく関係のない目に見えない力に従っているのです。

それでは、どのようにして、このことを日常生活に当てはめられるでしょうか?
 
ハーバード大学で行われた実験では、「愛」が体に対して即効性を持つことを示しました。被験者たちは部屋に座って、マザー・テレサの映画を観ました。彼女がカルカッタの孤児たちに奉仕している非常に感動的な映像を観ているうちに、彼らは非常に穏やかになり、ストレスが緩和し、そして呼吸数と血液成分に変化が見られたのです。
 
こうした反応は、脳によってコントロールされています。
 
高次の愛にほんの一瞬触れるだけでも脳の新しい反応が生まれるとしたら、長期的に愛はどのような効果を持つのでしょうか?
 
幸福な結婚生活を送る老夫婦についての調査が行われ、その結果、彼らは最初に恋に落ちた頃よりも、30~40年たってからのほうがお互いにより深く愛し合っているということがわかりました。
 
しかしそれは異なる種類の愛であり、詩人が狂気にたとえるような激しい情熱的な類の愛ではなく、より安定し、より誠実で、より深い愛だということが報告されています。
 
このことから、幸福な結婚をしている夫婦は、チベット仏教僧と同じように、脳の変化を経験しているわけです。チベット僧たちと、幸福な夫婦たちというふたつの集団には、著しい類似点が確かに存在します。
 
僧侶たちは、心を、静かで寛容で平和な、仏教の言葉を用いれば「無為」の状態にさらしました。脳は、その無限の状態に慣れ、そして自身の条件付けから逃れたのです。
 
長年にわたる恋人たちもまた、お互いに静寂、寛容、平和を感じています。
 
互いにさらけ出して触れ合うことが、瞑想と同じ効果をもたらしたのです。

 

微細な行動

ここまで、人生における非物質的な側面は、物質的な側面よりも強いものであるということをお話ししてきました。
 
目に見えない力について話すと、とても神秘主義的に聞こえるかもしれませんが、個人的なレベルでも完全に目に見えない力である「愛」というものを体から切り離すことはできませんし、恋に落ちると強烈な身体的変化が引き起こされることを証明するのに科学は必要ありません。
 
体はモノであるという考えに固執するのをやめてしまえば、ずっと明白であっただろうことに気づくでしょう。つまり体とは、目に見える世界と見えない世界の間をつなげるものであるということです。
 
この接合点に立ちながら、あなたは常に、目に見えない世界という新しい領域へと入り込んでいるのです。
 
あなたが新たな一歩を踏み出すたびに、あなたの体もそれに付いて行きます。
 
私はこうした新たな一歩を「微細な行動」と呼んでいます。
 
なぜなら、粗野な行動は物質世界と直接的に関わるのに対し、微細な行動は心の世界だけと関わるものだからです。微細な行動は私たち誰もが簡単にできることですが、次のようなステップに分けることもできます。

 

「微細な行動」が作用する仕組み

①自分の内側へ入り、自分の意図を知らしめる

②結果が出ると信じる

③変化のプロセスに抵抗しない

④体が、物質的なレベルにおいて努力なしに変化する

⑤微細な行動を繰り返すことで、望む変化を達成する

 
チベットの僧侶たちは、これらのステップをすべて達成しました。彼らが瞑想するのは、より高次の意識とつながるためでした(仏教徒は「魂」という言葉を使いません)。
 
彼らは目標に到達すると信じ、静かに座ります。常に目標を意識し、熱心に修行をします。微細な行動だけを通じて、努力することをせず、身体的にも無理することもなく、慈悲が彼らの中に流れ込みました(インドの有名な格言「知恵とは学んで身につけるものではなく、あなた自身が知恵となるのだ」が思い起こされます)。
 
もし目に見えない力に本当にパワーがあるのなら、心の中だけに存在する微細な行動というものは、粗野な行動よりもずっと大きな変化を生み出すことができるはずです。そしてそれが事実であるということが判明しました。
 
微細な行動は、優れた身体能力へと変換されるのです。

体を自然の厳しさから守る「トゥモ」と呼ばれるチベットの瞑想法があります。

トゥモを行う僧は、薄い絹の袈裟だけをまとい、氷点下の気温でひと晩じゅう洞窟の中に座って瞑想し、そして夜明けになると何事もなかったかのように外に出てきます。

その様子の一部始終を観察した欧米の医療関係者によると、その秘訣は視床下部という脳の特定の領域を利用して、体内温度を5度ぐらい引き上げることだといいます。
 
体温とは通常、自動的に反応するものですが、微細な行動を通じてこの反応を自由自在に操作することができるのです。
 
欧米で一般人を対象に行ったバイオフィードバック(血圧・心拍数・筋肉の緊張などの生理機能を測定し、それを音や画像などの情報に変換して本人に知覚させることによって、心身の状態を自分の意志で制御する技法)の実験でも、この例と同じような結果が出ました。
 
被験者たちは、手の甲のある一部分に意識を集中させて、その部分が熱くなるよう念じることを求められました。長い時間をかけずとも、多くの人がただ意識を集中させるだけで肌の温度を十分に上げることができ、手の甲に紅斑が出るほどでした。
 
それでも西洋医学は、一歩先を進んでいるインドのさまざまなヨガ修行に戸惑いを隠せないでいます。
 
ヨガ行者たちは、瞑想で自己鍛錬すると1日に100カロリーに満たないほどの最低限の食事しか要らなくなります。
 
棺の中に入って何日間も埋められても、呼吸数と基礎代謝量を減らすことによって、ほんの少しの空気で生き延びることができます。
 
欧米の観察者によると、最も修行の進んだ行者たちは、サマディ(深い意識状態)の状態でしっかりと座っているため、物理的な力で押しても倒れないそうです。
 
このことは、微細な行動がバイオフィードバックの研究室でしか見られない、もしくは長年にわたる精神修練を経ないと起こらない、という意味ではありません。
 
このような特殊な方法で操作可能な目に見えない力は、至るところに存在していて、人生のあらゆる局面において一役買っているのです。
 
私たちはそうした力を「知性」や「創造性」という言葉で分類し、たとえば白血球が、侵入してきたバクテリアを貪り食うようなときに、そうした力が作動するのを目にすることができます。
 
免疫細胞が関わる化学反応のうち、ほんのごく一部分の解明に対してもノーベル賞が与えられてきましたが、免疫細胞が非常に複雑であるということが判明した今では、免疫システムは「浮遊する脳」として知られるようになりました。
 
しかし、知性を持つ細胞が発見されても、物理的な体という古い考え方を打ち壊すには何の役にも立ちませんでした。それどころか、矛盾がもたらされてしまったのです。
 
もし白血球に知性があるなら、どのようにして知性を得たのでしょう? それは脳内に無数にあって相互作用しているニューロンの一部というわけではありません。
 
もしあなたが細胞生物学者なら、その知性を白血球内のタンパク質や酵素の中に探すに違いありませんが、そうしたタンパク質や酵素は、互いに結合する、より単純な分子に過ぎないのです。
 
では、単純な分子にもまた知性があるのでしょうか? 単純な分子は、さらにもっと単純な原子からできています。原子には知性があるのでしょうか? あるひとつの石炭の塊の中に存在する炭素が、酸素や水素のような他の少数の原子とともにマクロファージを作り出せるほど知性的だと考えるのは、かなりおかしな話ではないでしょうか? 炭素は、すばらしい知性の一部であるということで、ノーベル賞を共同受賞すべきでしょうか? 
 
しかし「知性とは、白血球がたまたま表現した目に見えない力です」と言い切りたいと思わない限り、あなたはこの背理法から逃れられません。

そして、それこそまさに、細胞生物学者が(もしくはどんな物理学者も)結論付けることができないでいることなのです。なぜなら、DNAに始まる「生命」に関するすべてのことは、物質的な基盤を持っていなければならないからです。
 
知性とは目に見えない力であり、私たちの体はそれを無尽蔵に使っているという明白な事実を認めるほうが、どれほど簡単でしょう。
 
あなたの体の目的のすべては「目に見える領域」と「目に見えない領域」の両方につながることです。
 
そしてあなたを通して姿を現したがっている力は「知性」だけではありません。
 
同じく「創造性」「真実」「美」「愛」も、あなたを通じて表出したがっているのです。

時に、このことを強く感じさせるために、驚くべき新事実が必要になることがあります。実例をひとつお話ししましょう。
 
ダモンという名の男性が、いつもの出張からデンヴァーにある家へと戻るところでした。ダモンは飛行機を降り、荷物を受け取ってタクシーで家に帰るつもりでした。
 
すると、視界に、妻の姿が見えたのです。
 
彼を驚かせようと思った妻は、出口のところで待っていたのでした。
 
ダモンはそのときのことを思い起こしてこう言いました。

「妻は微笑みを浮かべてそこに立っていただけでしたが、私は心の中では、飛び上がらんばかりに嬉しかったのです。
 
こんな気持ちになったのは、恋に落ちたとき以来だと思います。
 
私は完全に不意を突かれた顔をしていたのでしょう。
 
妻はこちらに歩いてきて、私の顔をじっと見ました。
 
そして気分はどうかと尋ねました。
 
私は何よりもまず『愛しているよ』と言いたかったのですが、言いませんでした。
 
私たちはずっと問題を抱えていたので、彼女も上機嫌というわけではありませんでした。
 
だから、『元気だよ』と答えただけで、そのまま私たちは手荷物受取所へと向かったのです。
 
でもその瞬間を忘れることはできません。
 
これほどの強い愛が、いったいどこからやって来るのか、私にはわかりかねます。
 
でもその愛は激しく、疑う余地のないものでした。
 
悲しいことに、私はこれまでにもう一度あのような気持ちを感じられていません」

愛は、私たちの不意を突くものです。
 
なぜなら、私たちは多忙な活動や予測可能な出来事に追われる中で、さまよっているからです。
 
ブレイクスルーを起こすためには、古い条件付けを乗り越えるよう自分自身に要求し、周囲の至るところに存在している目に見えない力と意識的につながらなくてはなりません。
 
突然湧き出してくるような愛は、きちんと表現し、行動しなければなりません。
 
さもなければ、それは消え去り、再び普段通りの生活に取って代わってしまうのです。
 
微細な行動とは、緊急性があり、必要なものです。微細な行動は、こうした見えない力を呼び起こしてあなたの体へともたらしてくれます。
 
一度その変化を経験すれば、あなたは自分の体が物質的であるというフィクションに、もはや固執する理由はなくなります。

 

あなたの物理的な体は「フィクション」である まとめ

愛のある行動とは何か

微細な行動をとると、理想的な愛を夢見るのではなく、実際に達成することができます。
 
普段の生活では、愛は何か別のもの、たいていエゴと絡み合うようになります。
 
本来、エゴは利己的で、愛はエゴにそうならないよう訴えかけるけれど、エゴは自分がほしい形式で愛をほしがります。
 
こうした問題は解決されなくてはなりません。
 
男性は相手をコントロールすることを望み、女性は大事にされたいと望むかもしれません。
 
女性はどれほど愛が自分に向けられていても不安を感じるかもしれず、男性は自分の弱さを感じないように相手を支配しなくてはならないかもしれません。
 
それでも純粋な愛は存在していて、それを見つけることは可能なのです。その他のすべてのことと同様に、過程をたどることは必要です。
 
あなたは、自分が今いるところからスタートし、そして微細な行動を通じて成長していきます――つまり、あなたが本当に望んでいる種類の愛を、静かに促進していくのです。
 
あなた自身の人生において、最も高い次元での愛の特性について考えてみてください。魂からの愛は、次のように形容できます。

利他的
与える
至福

温かくて安全
自足的で他人から認めてもらう必要がない
純真

複雑でない
親切、慈悲深い
不変

発展的
慰め
神聖

これらは人生を通してずっと耳にしてきた言葉で、また程度の差はあれ、いずれも経験したことがあるでしょう。
 
静かに座って、それぞれの特性についてひとつずつ記憶を呼び起こしてみてください。
 
たとえば、「親切」だったら、あなたの思い出、視覚的なイメージ、感情、そしてその特性を持っている人々を含め、その記憶を呼び覚まします。その特性について2~3分間、経験してみてください。自発的に、その経験を深めるのです。
 
これを行うことによって、あなたは実質的に自分の心を「親切」という特性に微細なレベルでつなげ、親切について考えていないときの心とは異なる神経系のパターンを形成し始めます。
 
同様に自分の内側へと入り、あなたにとって「与える」や「神聖」という言葉が持つ意味を徹底的に感じましょう。
 
一度にひとつの特性をとりあげ、その特性に対してあなたの個人的な意味がクリアになる感覚が現れるまで集中してください。
 
あなたの過去において、どのような愛の瞬間が最も「利他的」だったでしょうか? あなたは、森を散歩しながら、もしくは海を見つめながら、「純真」な感覚を思い出すことはできますか?
 
ここでリストアップした特性すべてを一度に取り組もうとしないでください。
 
毎日リストに立ち返り、少しずつ取り組んでいくことによって、愛とつながる内なる感覚を作り上げましょう。
 
微細な行動は、意識のより深い次元へアクセスすることによって作用します。
 
自分の内側にある愛をもっと意識するようになるにつれ、あなたは目に見えない力と結びつくのです。静かに、しかし着実に、より高次元の「愛」の特性が、あなたの人生に現れ始めることに気づくことでしょう。
 
当然のことながら、愛が行き詰まったり、愛が去ってしまったように思えるときもあるでしょう。そんなときも、そうした感情や記憶を避けることなく向き合ってください。これは幸せの幻想の中で行う演習ではありません。
 
だからと言ってネガティブな面に焦点を当てる必要もありません。
 
孤独や自己憐憫、失恋への怒り、もしくは今の恋愛における倦怠感などについて思い悩まないでください。
 
愛の特性をただ感じることと、幸せの幻想にひたることでもネガティブな側面に焦点を当てることでもないという違いを区別するのが難しいと思う人々は大勢います。
 
私たちは皆、微細な行動の訓練を受けたことがないのです。
 
だから、自分たちが「愛」と呼んでいるあらゆる種類の感情の中で身動きがとれなくなり、その結果、混乱と無用な苦しみを招くのです。
 
目に見えない愛の力にその姿をはっきり知らしめてもらうことによって、微細な行動は、そうした混乱を優しく無理なく解決します。
 
そうするとあなたは、愛ではないものを目に見えない愛の力と取り違えることもなくなります。ここでひとつの例を紹介しましょう。

ロリーンは、アイオワ州出身の若い女性で、仕事のオファーを受け、新しい街に引っ越します。近くに昔からの友人が一人もいない環境で、引っ越した当初は孤独を感じましたが、まもなく興味を引いた一人の同僚に目星をつけます。いつもは恋愛に関心がないほうなのですが、最初に抱いた興味は、まもなく深い感情へと変化します。
 
ロリーンはこの独身男性に気のあるそぶりを見せ、彼はフレンドリーに応じるものの、デートに誘ってきたりはしません。
 
ロリーンは、彼に対する欲望が、夢や幻想に変わってきていることに気づきます。
 
それはだんだん性愛的なものになり、自分が彼にロマンティックな関係を持ちたいと感じていることをより強くほのめかすようになります。
 
ロリーンが驚いたことに、彼は、彼女が自分に恋していることをわかっているが、自分は同じ気持ちではないと言うのです。彼は同情し、理解を示している振る舞いをし、それがなおいっそう彼を魅力的に見せました。
 
ロリーンは強い欲望と、彼を手に入れることができないという思いのはざまで、身を引き裂かれる想いです。
 
ロリーンは作戦を強化していき、思わせぶりな留守電メッセージを残したり、「偶然」彼とばったり出会うというチャンスを狙って職場で待ち伏せしたりします。
 
そして職場のクリスマスパーティーで、ついにクライマックスを迎えます。
 
彼女は飲み過ぎて、公衆の面前で彼に迫ります。ロリーンがあまりにも堅く彼にしがみつくので、彼は彼女を引き剥がさなければなりませんでした。
 
翌日、彼はロリーンのデスクの上に「専門家の助けを求めたほうがいい」と書いたメモを残します。ロリーンは混乱し、そして恥ずかしく思います。
 
そして心理カウンセラーのところに行くことにしました。
 
最初のセッションで、彼女は涙ながらに今の状況を説明します。

「私は彼のことをとても愛していて、われを忘れてしまっています」
 
その心理カウンセラーは、彼女の言ったことを訂正します。

「あなたが表現しているのは、愛ではありません」
 
びっくりして、ロリーンは尋ねます。

「もしこれが愛でないのなら、いったい何なのでしょう?」

「虐待です」
心理カウンセラーは言いました。

「もしそこまで必死になっていなかったら、あなたにもわかるでしょう。
 
あなたが愛と呼んでいるものは、自分が直視することを恐れている、より深いところにある感情の仮面なのです」
 
ロリーンはうろたえますが、より深い次元において、彼女はその心理カウンセラーの言うことが正しいとわかっています。

人は往々にして、愛によって救われたいと望むものです。
 
それゆえに、愛は現実逃避や恐怖と結びついてしまいます。

「孤独」「孤立」「不適応」といった、あなたが恐れているようなことは、自分の力で解決し、癒さなくてはなりません。その恐れを解決してくれそうな人と関わろうとすることによって、覆い隠してはいけないのです。
 
ロリーンのような人々は、たいてい自分の中にある本当の必要性を直視することなく終わってしまいます。そういう人々の脳は、いつもの自分の行動パターンにとても馴染んでしまっているので、最もネガティブな外的反応(出来事など)が起こっても、その行動パターンを変えることはできません。

微細な行動だけが、新しい「意図」を導入することによって、脳を変えることができます(チベット僧がいかにして慈悲深くなったか、つまり新たな脳のパターンが創造されなくてはならなかったということを思い出してください)。
 
微細な行動を通して自分を癒すことができるようになれば、失敗や拒絶を助長するような状況に直面することもなくなるでしょう。それらの状況は、あなたの中にあった内的状態の反映です。そしてあなたは、そこからゆっくりとシフトしていくのです。
 
ネガティブな印象や記憶が生じてきたら、それらにただ注意を向けることで、癒しの効果があります。微細な行動は、決めつけたり、非難したり、拒絶することではなく、「気づくこと」「見つめること」「意識的になること」によって作用するのです。
 
あなたの過去のネガティブな刻印は、真のあなたではありません。
 
それらは経験の傷跡のようなものです。
 
一方、過去に起こったよいことすべては、好機を示す道しるべのようなものです。

あなたの内側で「愛」がどのようなものかを感じることによって、あなたの中で休眠中だった愛の衝動が今ここで活性化されることでしょう。
 
あなたが変化に対してオープンで、受容的で、変化の準備ができていることを宇宙に知らせるのです。
 
そして変化が表れます。まずあなた自身の内側で、高次の愛の、まだか弱い芽吹きのような新鮮な感覚が現れます。
 
そうしたら根気強く、意識的であり続けてください。より親切に、より利他的で、慈悲深く、寛大になると、そのような瞬間がもっとたくさん訪れるようになるでしょう。
 
するとあなたの内側だけでなく、外側においても、こうした特性を反映するものに出合うようになってきます。また、他者の中にもそうした特性を見出すことでしょう。
 
そして他者の中の高次の愛の特性は、あなたに向けられるようになってきます。
 
そのようなプロセスをどんどん拡大させてください。
 
自分自身や他者に親切さを要求したり、寛大さを求めてはいけません。
 
子どもの頃そうだったように、何も強制することなく、どんどん成長してください。無防備になれる機会があれば、それがどんな小さいものでも逃さず、つかんでください。
 
とりわけ、あなたのセルフイメージに邪魔をされないようにしてください。セルフイメージはエゴによって構築されていて、あなたが世間に見せているうわべの姿のことです。それはまた、あなたが隠しているものを守る楯たてにもなるのです。
 
もしセルフイメージがこのプロセスを邪魔すると、あなたはオープンになれませんし、受容的にもなれません。真の変化には、リラックスした自然な態度が求められます。
 
悲しいことに、ほとんどの人々がセルフイメージを守り、本物または想像上の攻撃に対して防御することに莫大なエネルギーを費やしています。
 
そうする代わりに、守るものなど何もないという態度をとってください。
 
あなたは強くなりたがっていますが、真の強さとは、確実で自己充足的な愛から生じるものです。ニセの強さとは、自己防衛の壁を作ることから生じています。
 
あなたにとって愛とはどんなものなのかを感じること、そして愛が拡張していくことを穏やかに望むことに焦点を当て続けてください。
 
これは微細な行動が、いかに粗野な行動よりもずっと多くのことを成し遂げることができるかを示す力強い一例です。
 
なぜなら、微細なレベルにおいてのみ、あなたは自分の脳を訓練し、完全に新しいものにすることができるからです。

 ディーパック チョプラ /渡邊 愛子 /水谷 美紀子 著『あなたの年齢は「意識」で決まる』より抜粋

【書籍紹介~目次】

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『あなたの年齢は「意識」で決まる』

 

はじめに
忘れ去られてしまった奇跡
あなたの今の体の状態を知るチェックリスト
ブレイクダウン―破壊―からブレイクスルー―突破―へ
どのように自分自身を発明、発見したのか
源に還っていく
生命のプロセス
ブレイクダウン―破壊―は終わりにしてブレイクスルー―突破―のみに

breakthrough #1 あなたの物理的な体は「フィクション」である
real story #1 エイデンの場合
幻想の未来
微細な行動
「微細な行動」が作用する仕組み
あなたの物理的な体は「フィクション」である まとめ
愛のある行動とは何か

breakthrough #2 あなたの本当の体は「エネルギー」である
エネルギーと健康
real story #2 グラハムの場合
変化を起こすエネルギー
あなたの本当の体は「エネルギー」である まとめ
あなたのエネルギーはどのぐらい効率的?

breakthrough #3 あなたの意識には「魔法の力」がある
real story #3 デイヴィッドの場合
体の意識
あなたが完全に意識的なとき
あなたの意識が条件付けられているとき
条件付けを終わりにする3つの方法
あなたを癒しの道へと導くシンプルな3つの瞑想
①呼吸の瞑想
②心臓の瞑想
③光の瞑想
あなたの意識には「魔法の力」がある まとめ
もっとゆるやかな意識
固く絞られた焦点
ゆるやかな焦点

breakthrough #4 あなたは遺伝子を「改善できる」
real story #4 マリエルの場合
変化の種
波長を合わせる、 合わせない
あなたは遺伝子を「改善できる」 まとめ
波長を合わせること
あなたは自分の体を居心地よく感じていますか?

breakthrough #5 時間はあなたの「敵ではない」
進化か、劣化か?
時間をコントロールする
①予測不可能性
②無秩序、混乱
③事故
④トラウマ、病気
⑤暴力
⑥混沌
時間をあなたの味方にする方法
時間はあなたの「敵ではない」 まとめ
流れに戻る
①内的対話を鎮める
②緊張を解放する
③浄化作用のある光
④トーニング(音を出すこと)

訳者あとがき

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