失敗を恐れない! 手島佑郎氏がユダヤの言葉から説く、仕事と人生の哲学

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日本の不況が長引いているのも手伝っているのでしょうか。
残念なことに、自分の希望通りの人生を歩む勇気が持てないまま生きている人たちがたくさんいます。

あなたはいかがでしょうか?

例えば、

・一生の仕事にしたい職種があるが、いま一歩踏み出すことが出来ない
・やりたいことがあるものの、やり遂げる自信がなく始められない
・周囲の人が恵まれているように見えて、うらやましくなってしまう

など、心からの納得が得られない生き方をしていませんか?

このまま迷い続け、何も決断しないでいたら、あなたの理想の人生はいつまでたっても手に入りません。

1度きりの、あなたのための人生です。
どうせなら、決断すべきときに決断し、迷うことなく自らの望む人生を送りたいですよね。

では、どうすれば望む人生を送る決断ができるのでしょうか?

今回、あなたにその答えを授けてくれるのが、イスラエルとニューヨークでユダヤ教の思想と哲学を研究し続けた、手島佑郎氏です。

手島氏はこれまで日本国内ではあまり研究されてこなかったユダヤ教について深く学び、「ユダヤの賢人」たちが持つ人生哲学を紐解いてきました。

氏は、進むべき道を決断し、迷うことなく自分の人生を歩むための方法として、

「やりたいこと一つを、がむしゃらに始めてみること」

を挙げています。

「明確なビジョンがないから始められない…」などと理屈っぽく考えず、まずは失敗を恐れずに、とにかく踏み出してみることです。

大きな成功をおさめた人たちも、最初は何も分からない手探りの状況から始めました。そして、ただただ止まることなく、ひたすら次の一歩を踏み出すことで確固たる地位を築きました。

ですからあなたも、まずは一歩を踏み出すことです。仮に間違えてもやり直せば良いですし、障害があれば避ければ良いのです。ときに引き返すことがあっても良いでしょう。

新しいことを始めてこうした壁にぶつかるのは、人生の失敗でもなんでもなく、ごく当たり前の話なのです。

壁を恐れるのではなく、まずはがむしゃらに進み、うまくいかなかったらその時に考えればいい。

これこそが、手島氏が説く、迷うことなく自分の人生を歩むための考え方です。

本書では、「ユダヤの賢人」が残した25の言葉を紹介し、決断できずに迷い、立ち止まっているあなたに、「よし! やろう!」と奮起を促します。
さらに、氏が用意した13のワークで自身を見つめなおし、あなたにとって最良の決断ができるようになっています。

あなたも「決断力」を手に入れ、思い通りの人生を歩めるよう、さっそく読み進めていきましょう。

プロローグ
第1部 欲望と人間 Desires and Man
「欲望は人間の本質である」 (バルッフ・スピノザ)
「欲望は日々新しい力を得て人を襲う」 (ラビ・イツハク)
ワークショップ ◉ 自分の欲望を書き出してみよう!
「諸々の欲望は浄化され、理想化されねばならない。
だが、欲望を絶やしてはならない」 (ラビ・エリヤ・ザルマン)
ワークショップ ◉ 役に立つ欲望、むずかしいと思う欲望は?
「繁栄している時代には、皆兄弟になる」 (ラビ・ヨハナン)
「利己主義と利他主義の双方が幸せな生活のために必要である。
どちらも倫理的な動機である。正しい生活はこの二つのバランスの上にある」
(サムエル・シナ ヴェル)
「我々が善を認識するのは、それが欠けているときだ」 (ラビ・モーセ・ゲンティリ)
ワークショップ ◉ 自分に不足しているものは何か?
「失敗は行動しない者が引き起こすのであって、失敗を覚悟してあえて
行動しようとする者によって起きるのではない」 (ラビ・ルイス・ビンストック)
ワークショップ ◉ 今、ためらっていることは?

 

プロローグ

大逆風の時代、人生の分岐点で悩んでいる全ての20 代、30代の人々へ、この本を贈ります。長引く不況や、リストラに雇用解雇、そして就職難……、この時代に、学生の人も、派遣社員の人も、契約社員の人も、いや正社員の人さえも、将来の展望が見えず、自分の人生はいったいどうなるのだろう?と不安で一杯です。

そんな時、東日本大震災の被災地の復興のための活動を支援しに、ボランタリーで出かけた人もおられるでしょう。一方、ボランティアはしていないが、ささやかでも、人のためになり、社会に役立つさまざまな仕事を自分の一生の仕事にしたいと考えている人もいます。または、やりたいことがあるのだが、自信がない。そして、ふんぎりもつかないし、迷ったままでいる。こういう人が多数おられるでしょう。

本書は、そうした人生の分岐点でどうしようかと迷っている人が、「ヨシ、これをやろう!」と決心し、踏み出すためのヒントです。どのように自分の気持ちを整理すれば元気が出るか。それを目的にしています。そしてそのカギとして、私の専門のユダヤの賢人たちの言葉を紹介しながら、決心へのポイントを説明します。

 

日本人としてはじめてヘブライ大学を卒業

ユダヤ人というと皆さんはまず、「ローマ帝国時代に故郷を追われた」「その後、移住した世界中で差別された」「ナチスドイツによって大虐殺された」といった、迫害の歴史を思い浮かべるかもしれません。しかしそれと同時に、科学者のアインシュタイン、精神学者のフロイト、思想家のマルクス、音楽家のマーラーやバーンスタイン、映画のスピルバーグなど、各界を代表する超一流人を思い浮かべるでしょう。いずれも、これまで誰も成しえなかったパイオニアとなった人々ばかりです。彼らはまさに、自分のやりたいことをして、しかも社会の役に立つことを成し遂げました。

ユダヤ人は世界中あわせて、日本の人口の十分の一ほどしかいません。それなのに、なぜこれほどまでに各界で活躍する人々が出ているのでしょうか? そのヒントは、古代から連綿と続く『ユダヤの言葉』の中に秘められています。

まず、私自身が若い時に何をしようと考え、どのようにそれをしてきたかからお話ししましょう。私は1942年に朝鮮・釜山で生まれました。当時、父は実業家でした。戦後、故郷の熊本へ帰りました。1949年に事業を閉じ、キリスト教の独立伝道をはじめました。母は1951年に結核で亡くなりました。父は3年後に再婚し、弟も生まれましたが、継母は私や兄と妹を親身になって育ててくれました。

中学時代の私は、父に反抗し、父の机から金を盗んだり、店で万引きしたり、家庭では荒れていました。高校時代には父とのいさかいで自殺未遂をしました。

そのころの私は劣等生でした。その後、勉強をはじめましたが、大学受験で落第し、一浪して熊本大学に入学しました。

大学生になってからは、少年時代のような劣等感は消えました。大学2年の終わりに、イスラエルのヘブライ大学に留学することを決意しました。直接的な原因は、歴史学者トインビーの『歴史の研究』にふれ、西洋文明の源流にはヘレニズムとヘブライズムという二つの文明があることを知り、ヘブライズムに興味を持ったからです。

しかしヘブライ語はまったく知らず、無謀のそしりを免れない決断でもありました。裕福な家庭でもないのに、父は、イスラエルまでの片道切符と、1年目の大学の授業料を払ってくれました。口に出しては言いませんでしたが、家庭を犠牲にしてキリスト教伝道をしてきた父なりの、息子への贈り物だったのです。

イスラエル留学中は、言葉や習慣の違い、聖書学と哲学の二科目専攻など途中で何度か留学を放棄しようと思いました。しかし、自分が決断したことなのだから、と自分に言い聞かせ、結果的には、日本人初の卒業生となりました。

 

心に響いた「God bless you! 」という父の一言

卒業後、父のキリスト教運動の事務局の手伝いなどをしました。しかし、「もっとユダヤ教思想について深く学びたい」という気持ちが次第に強くなりました。

じつは現代のイスラエルは世俗的な社会で、イスラエルの普通の大学で学んだだけではユダヤ教の真髄にふれる機会はないのです。そこで、1970年に、ニューヨークのアメリカ・ユダヤ神学院の大学院へ留学することにしました。

ニューヨークに出発する朝、父は玄関口に無言で立ちつくしていました。そこで私は「父上、一言、お言葉をください」と申しました。石段の上から私を見下ろしていた父は一言、「God bless you! 」と言いました。私が父から受けた、最初で最後の祝福の言葉でした。ゴッド・ブレス・ユーの文字通りの意味は、「天の導きや祝福が、おまえの上にあるように祈る」ということです。

しかし、父は「頑張ってこい」と言ったのではありません。一切を神の祝福、天の導きにゆだねる、相応しいおまえになれるかどうかは、おまえ次第だということを、その言葉に託したのでした。

ニューヨークでは、私は学業よりも貧困にあえぎました。アパートは学校からは近いものの、いわゆるスラム街の一角でした。ここで妻と生まれたばかりの長女との三人で、毎月生活費に困りながら暮らしました。学業のほうは、イスラエルでの留学と同様、ハードルの高い毎日でした。ですが、米国ユダヤ思想界を代表するラビ・へシェル教授をはじめ、素晴らしい恩師たちの指導を受けました。

不幸にも先生は1972年に亡くなられました。翌年には父も他界しました。このころの私は、精神的孤独と人間的寂寥感におそわれ、ひどく空虚な中で、生の意味、人間とは何か、を問いながら過ごしていました。

しかし初代ホロコースト記念財団専務理事を務められたラビ・S・シーゲル教授や、ラビたちの世界的組織、ラビニカル議会のトップを永年務めておられたラビ・W・ケルマン博士などの指導の下で、ユダヤ思想への造詣を深めました。また、米国のユダヤ教のリーダーや、著名な学者やジャーナリスト、そして実業界の重鎮の方々に側近くで接することができました。

1974年から76年には、ロサンゼルスのユダヤ教大学でユダヤ神秘主義概論や聖書学を教え、77年に、アメリカ・ユダヤ神学院からヘブライ学博士号を取得しました。

イスラエルでも、アメリカでも、経済的に行きづまりかけました。そのたびにぎりぎりで踏みとどまることができました。踏みとどまれば、知恵もわくし、道は開ける。11年間に及ぶ海外での生活を通して、そう確信するに至りました。研究分野で行きづまったときは、わからなくても前進するというやり方で突破しました。

 

帰国後、思いもよらずコンサルティング会社に就職

博士号を得た私は、そのままアメリカに残って大学で教えるという選択肢がありました。アメリカに残りたい。それが私の本音でした。しかし心の中に、「日本へ帰ってこい」という声が響き続けていました。

ひとつには、そもそも哲学とは、自分の時代の問題を自分の言葉で語るものだ、という思いがあったからです。ソクラテス、プラトン、カント、ベルクソン、みな自分の時代の問題を自分の言葉で考えたのです。他人の説の講釈を述べて哲学にしていたわけではありません。私も自分の時代のことを考えよう、そのためには現代日本を観察し、自分の経験の中から考え直してみよう、そういう思いから帰国しました。

しかし、海外の大学や大学院で通算11年を過ごし、実務経験ゼロの私を雇ってくれる会社はありませんでした。年齢もすでに35歳になっていました。私が帰国した1977年当時の日本は、中東戦争やオイルショックの記憶がさめやらない時代でした。そのため、私がユダヤ人の間に11年もいたと聞くだけで、大半の企業に私は断られました。

かろうじて雇ってくれた会社は、珍味などの食品を訪問販売する会社でした。最初はまったく売れませんでした。だが、お客様への接し方と商品の説明の仕方とを工夫するうちに、次第に売れるようになりました。3ヶ月の経験でしたが、最初のビジネス体験ということで、私にとっては教訓と収穫のある実地研修の場でした。

そして11月に、コンサルティング会社に就職しました。じつはそこの人材銀行部門に就職の斡旋を相談しに行ったところ、「あなたはコンサルタントに向いているかもしれない」と言って、その会社が拾ってくれたのでした。

さて、私が学んできたユダヤの人々の間には、金融、販売、映画、マスコミなどさまざまな分野で活躍している経営者がたくさんいます。彼らはユダヤ的な考えのもとに、ビジネスを成功させています。ところが、日本のビジネスマンたちは、現実のユダヤ人の物の考え方や社会秩序や教育についてほとんど何も知りません。そこで、ユダヤ人社会の特性と、その叡智について、1979年に『ユダヤ人はなぜ優秀か』を書きました。これが私の最初の著作となりました。

また翌年には、営業教育プログラムの日本版開発を一人で担当し、教材翻訳からユーザー開拓と指導を行い、数々の企業と仕事をさせて頂きました。こうして私は日本企業の諸問題をコンサルタントして内部から観察できるだけでなく、産業全般の営業活動の現場に立ち合う仕事を始めたのでした。仕事は順調に伸びていきました。

しかし、サラリーマン生活は、おのずと時間的に制約されます。もっと自由にユダヤ哲学のビジネスへの応用を追求し、あわせてユダヤ思想もさらに深く研究していこうと考え、1985年に『ギルボア研究所』を開設しました。

独立するのはリスクを背負ってのことでした。しかし、それまでのクライアントの方々のお引き立てもあり、教育訓練の新しいプログラムの開発や、さまざまな新規コンサルティングの仕事などを得て、おかげで今日に至っています。

 

とにかく、やりたいことひとつを始めてみる

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以上、私が歩んできた道をご紹介しました。この話をすると、聞いた方が「大変だったのですね」と言われます。事実、途中で胃潰瘍になったり貧困に悩まされたりしました。しかしそれをツライとか、苦しいとは思いませんでした。

毎晩、「今日も無事に終わった。ありがとう。明日も一生懸命に仕事や課題をやろう。昨日よりも、もっと良い成果を出そう。新しい課題や新しい変化をみつけよう」、そう心の中で自分に語りかけて過ごしてきました。

他の人を見て、あの人は恵まれているなあ、うらやましいなあと、私も思うことがあります。ですが、私には、自分のできることしかできないのです。他の人をうらやんでも仕方がありません。自分にできることから行動していれば、自ずと道も開けてくるものです。何もせず、どうしようかと立ち止まっていては、何も実りません。

しかし、読者の皆様の中には、「いつが決断すべき時なのか?」とか、「具体的に実践する方法はあるのか?」と悩まれている方もおられるでしょう。

どのようにすれば、自分がやりたいことをビジネスとして成功させ、さらに、それを社会に役立つことにつなげるのか? そのための明確なビジョンや、決断力、実行力をどうするか…… などと理屈っぽいことを、考える必要はありません。

やりたいことひとつを、がむしゃらに始めてみることです。

やりたいことがひとつあれば、それだけで、もう十分「明確」なのです。

あとは、あなたが出発することです。かりに失敗してもいいではないですか。すぐやり直せばいいのです。1回でビジネスに成功しようなどと考えないでください。

成功者は、成功理論を意識して成功したのではありません。お客様のほうを見て、社会のためを考えて、踏み出し、ひたすら改良・改善を工夫した人たちです。

出発点では、あの人たちも、あなたも一緒なのです。

まずは無我夢中で踏み出してみることです。前方に障害物があれば、右へ曲がってもいいのです。右方向で障害物と出会えば、左にそれてもいいのです。左にまた障害物が出てくれば、そこで後に引き返してもいいのです。

ソニーも、トヨタも、日立も、マイクロソフトも、アップルも、グーグルも、フェイスブックも……、ほとんど、どの企業の創業者も、経営学など知らないで仕事を出発し、それが発展して、巨大企業となったのです。共通点は、どれも人々が必要としているものやサービスを提供したことからなのです。

ともかく止まらないで前進し続ければ、それが実績となり、新天地が開けてくるのです。どうするか?と考えるのは、壁にぶち当たってからでも遅くありません。

スマートに成功しようなどと思わず、愚直に進むのです。あなたが歩いた後に、専門家が育っていくのです。

この本は、25のユダヤの言葉を紹介しています。歴史に耐えたユダヤの賢人たちの言葉の中には、きっとあなたの心に響くものがあると思います。どの言葉から読んでもいいので、興味を持った言葉をまず読んでみてください。私からのアドバイスとして、13のワークショップも掲載しています。これはとくに正解があるものではありません。あなたがトライし、自分をみつめるためのものです。さらに、人物や専門用語などには脚注をつけ、同じ見開きページに解説を加えたので参考にしてください。

本書を読んでくださる読者の皆様の船出が素晴らしいものとなるよう、私のささやかな経験とともに、ユダヤの賢人たちの叡智を借りて、『決断の日に読むユダヤの言葉』をお贈りする次第です。あなたの肩をポンと叩きながら、前途を祝します。

 

第1部 欲望と人間

「欲望は人間の本質である」
( バルッフ・スピノザ)

あなたは欲望について、真正面から考えてみたことがありますか?

〝若さ〟というのは、不安定なものです。
あれもしたい、これもしたい。やりたいことがたくさんあります。

やりたいことがたくさんあるから、どれから始めればよいか、自分でも迷ってしまいます。迷うだけならば、まだいいのですが、自分を見ると、そのどれをやるにも、十分な能力や実力があるかどうか心もとない、と思ったことはありませんか?

能力があれば、とっくに始めているはずですよね。

何かにすでに打ち込んでいる人でも、ちょっと他人がやっていることを見ると、それもかっこうよく見え、自分もそっちに乗り換えようかと、思うこともあります。

たとえば、私自身の青春時代を振り返ってみましょう。高校時代には政治家になることを夢見ていました。故郷の熊本での大学時代は、東洋史を勉強したいと思っていたのに、哲学科に入ってしまいました。しかし、英国の歴史家トインビーの『世界の歴史』にふれて、英国に留学したいと希望しました。それなのに、ユダヤ人の思想家マルチン・ブーバーが書いたユダヤ神秘思想の一端を少し英語で読んだだけで、次はイスラエルへ行き、彼のもとでユダヤ神秘主義を学ぼうと思いました。

若いということは、それほど選択が多いものです。

別な言葉で言い換えると、それほどに欲望が多い、ということです。

しかし〝選択〟と〝欲望〟は、同じではありません。どういう人生を歩むかという選択は、時間の経過を重ねる中で、おのずと何かひとつに絞られてきます。同時に二つ以上のことはできません。身体はひとつしかないからです。

私の場合は、無謀にも、イスラエルへ留学してしまいました。しかし、語学力に自信があったわけではありません。行けば何とかなる。そう思って出かけたのでした。

また、「仕事だけでなく、趣味も充実させたい」という人もいるでしょう。しかし本当に仕事に打ち込んでいる時は、趣味に時間をかける余裕もなくなります。もっと年数を積んで、ある程度、自分の生活の基盤が確立し、生活にも時間にも余裕が持てるようになったら、社会貢献や趣味の世界で、それにも取り組めばいいでしょう。

 

〝臆病〟や〝慈悲心〟も欲望の一種

それにしても、欲望は、そう簡単に絞りこめません。金持ちになりたい金欲、たくさん欲しがる貪欲、贅沢な食事を欲しがる美食欲、名誉欲、権力欲。さらには情欲、飲酒欲とキリがありません。最近ではやせたいというダイエット欲なども挙げられるでしょう。こうした欲望は高齢になってもわいてきますが、やはり若い時のほうがその種類も多く、度合いも強いでしょう。こうした欲望が原因で、他人との争いやトラブルに発展することも珍しくはありません。

そのためでしょうか、「欲望を抑えよ」とか「清く生きよ」とか、お説教をする先生がとかく世間には多いものです。

十七世紀中期のオランダのユダヤ人哲学者スピノザは、右に挙げた欲望に加えて、主著『エチカ』の中で、次のような思いも「欲望である」と定義しています。

〝復讐心〟、他の人と競争したいという〝競争心〟。他人が躊躇することに立ち向かいたいという〝大胆さ〟。対照的に、自分がこうむるかもしれない危険や害悪を避けようとする点で〝臆病〟も欲望の変形としています。

さらには、他人に対してあえて害悪を加える〝残忍さ〟。あわれな人に親切をしようとする〝慈悲心〟。親切に報いようとする〝感謝〟。特定の人や物にあこがれる〝思慕〟。これらも欲望としているのです。

スピノザの考え方を推し進めると、仮に「無欲になりたい」と思っても、そのこと自体、すでに「無欲になりたいという欲望」だということになります。

 

欲望こそが人類を発展させた

そもそも、欲望のない人などこの世にいません。

人間は、欲望を持つようになった結果、文明を創造し、進化を果たしました。欲望のおかげで、欲望に秩序を持たせようという考えが生じ、道徳も発展させてきたとも言えるのです。したがって、欲望は否定すべきことではなく、肯定すべきことなのです。

じつは、スピノザは『エチカ』の中で、「欲望は人間の本質である」と定義しています。それも、貧しいレンズ磨き職人として生計を立てながら、真面目に哲学や倫理学を考えていたスピノザが告白した定義なのですから、意味深長です。

これを言い換えれば、「欲望がない人間は人間でない、つまり死人」ということになります。これは、当時としては画期的な定義であり、あまりに大胆であったので、すぐには受け入れられませんでした。この定義が広く認められるようになったのは、二十世紀になって、心理学が発展してからのことです。

フロイトは〝性欲〟を人間の行動の根源だとみなしました。アドラーは〝権力欲〟を、ユングは〝本能のエネルギー〟を、人格形成の大きな要因だと考えました。米国心理学会会長を務めたマズローは、人間には5段階の欲望があることを指摘しました。生存本能の欲望、安全の欲望、社会的欲望、自我の欲望、自己実現の欲望です。

そして、二十一世紀の現代では、「欲望こそが人間の行動のすべての根底にある」と考えるようになってきています。

そのように人間の性とも言える欲望と、どのように向き合っていけばよいのか? そしてどのように欲望を生かしながら、自分とつきあっていけばよいのか? これが現代人の課題だと言えます。次のページから、それについて考えてみましょう。

 

「欲望は日々新しい力を得て人を襲う」
(ラビ・イツハク)

あなたは自分の欲望をどこまで正確に把握していますか?

欲望は人間の本質なのですから、これを絶やすことはできません。

むしろ、欲望をどのように理解するかが、我々に求められていることなのです。

とかく欲望を罪悪視するのは、西洋のキリスト教の影響によるものです。キリスト教では、欲望のことを「肉欲」と呼び、これは、神への憧れや、キリストを慕う精神的な欲求、つまり信仰心と反対なものであるとされています。

しかし、中国や日本では、欲望をかならずしも否定的な意味でとらえてはいません。

漢字の「欲」という文字は何を表しているでしょうか?

「欲」は「欠」と「谷」で構成されています。「欠」というのは、口をあけて食べようとする動作を示しています。「谷」は、われめと口から成っています。つまり「欲」という文字は、「食べ物を前にして口をあける」という旺盛な食欲を象徴しているわけです。

もともと漢字では、この谷と欠の組み合わせの下に、さらに「心」とで構成した「慾」という字を使っていました。自分のものとして物事を自分に強く取り込もうとするのが、欲望なのです。欲は強い。それが東洋人の考え方なのです。そこには、欲を善とするとか、悪とするといった価値判断は含まれていません。

 

欲望に悩んだからこそ悟った釈迦

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強い欲望を問題視し始めたのは、仏教の開祖、お釈迦様からです。

仏教では、心を強くひきつける欲望のことを〝ぼんのう(煩悩)〟と言います。身体や心を悩ませ、わずらわすものとして、一般に否定的な意味で使われています。

お釈迦様は、もともと北インドの釈迦族の王子として、何不自由しない生活をすごしていました。しかし、最高の贅沢を満喫していても、なお満たされないものを心に感じていました。その解決を得ようとして、彼は王宮を捨て、出家したのです。そしてさまざまな修行者や思想家に教えを求めましたが、満足な答が得られません。

最後に、彼自身でたどりついた答は、答を求めようとする心を捨てることでした。心も捨ててしまえば、もはや何ものにも心がわずらわされない。それを仏教では、〝悟り〟とか、〝解脱〟と呼んでいます。

この仏教の考えを簡単に要約すると、欲望や執着があるおかげで、欲望にかき乱されない安らかな境地を目指す心がわくのです。これを、〝煩悩即菩提〟、欲望に悩むおかげで、すなわち悟りへ至るのだといいます。この点で、欲望は人を悟りに導くきっかけとなります。ですから、仏教においては、欲望はかならずしも悪いものではないのです。

これに対して、キリスト教社会の西洋では「欲望は悪」だとされてきました。しかし、そのまっただ中のオランダで終生を過ごしたスピノザは、まるで欲望を悪だとはとらえていません。

これは不思議ではありませんか?

もし欲望が悪であるならば、欲望は人間の本質だから、「人間も悪」だという結論になるはずです。しかし、彼は単純に、「人間の衝動と欲望の間には、何の相違もない」と断言し、衝動が悪いとか、欲望が悪いとは言っていません。

これは、どうしたことでしょうか?

この疑問に答えるための鍵のヒントは、スピノザがユダヤ人であったことに隠されています。

彼は23歳でユダヤ教の社会から破門絶縁されています。ですが、これは彼が不真面目なユダヤ教徒であったからではありません。彼は真面目なユダヤ教徒であったからこそ、なぜ神が全能であるのに、この世に悪や不平等、災害が起きるかを、疑問に思ったのでした。そして、彼が考え抜いて得た結論は、この世の悪と神とは無関係だということでした。その考えが、当時のユダヤ社会で受け入れられず、破門されてしまったのです。

彼は、喜びをもたらすものを〝善〟とよび、悲しみをもたらすものを〝悪〟と呼びました。問題は、人間の心にわく欲望が、喜びをもたらすのか、それとも悲しみをもたらすのかです。これは人間が判断することです。

欲深い人にとっては、お金がたまることが善であり、お金がなくなることが悪となります。お金を得ようとする欲望や衝動そのものが善とか悪ではないわけです。

ある欲望を良いとか、悪いとか決めつけるのは本人の判断です。

 

欲望は人と何かを結びつける接着剤

ユダヤでは欲望のことを〝イェツェル〟と言います。これは、元々のヘブライ語では「思いはかる」というような意味です。

この言葉が、最初に文献で出てくるのは、ユダヤ人の聖典である聖書の第一巻、『創世記』の有名な〝ノアの洪水〟の物語の場面です。「人間が考える〝思いはかり〟は、いつもすべて悪いことばかりだ」と神は嘆いて、ノアの時代に大洪水をもたらしたというものです。

この記事は紀元前十世紀頃に書かれたと思われますが、それ以来、イェツェルを人間の欲望とする見方が、ユダヤ人の間で定着したのでした。

ユダヤ教の指導者、先生のことを〝ラビ〟といい、名前の前にラビとつけますが、西暦三世紀のラビ・イツハクは次のように発言しました。

欲望は日々新しい力を得て人を襲う」。

これを聞いて、同僚のラビ・シメオン・ベン・ラキシがさらに言葉を足しました。「それどころではない、欲望が人間を殺そうとしているのだ」と。

これらは、聖書と並ぶ〝タルムード〟というユダヤ教の聖典に書かれているものですが、高名なユダヤ教の二人のラビが、毎日、欲望に襲われ、殺されそうだと告白しているのです。それほどに、欲望の誘惑は強力なのです。では、なぜ欲望は次々に人を襲うのでしょうか?

この疑問に対する、タルムードでの回答は興味深いものです。

「欲望がなければ、この世では学問と人間とはバラバラだし、男と女もバラバラだ。だが、欲望のおかげで、人は学問を得たいと欲し、男は女と結ばれたいと欲するようになるのである」(タルムード『スッカー』篇52A)。

つまり、欲望こそが世界の接着剤の役目をはたすというわけです。

 

考古学発掘の欲望から世界改革に転じた原丈人

世界のために、自分の事業で得た利益と富を使おうとして活躍している一例が、米国に本部を置くアライアンス・フォーラム財団とその設立者の原丈人です。

彼は、まだ日本ではあまり知られていませんが、じつにスケールの大きい仕事と活動をしています。まず慶応大学法学部在学中に、古代マヤ文明遺跡の考古学発掘に興味を持ち、アルバイトでお金をためて中米へ行きました。毎年、考古学発掘に参加するうちに、自分で納得のいく考古学発掘調査をしたいと思うようになりました。

しかし、そのためには、誰かの援助で発掘をするのではなく、自分で膨大な資金を調達できるようにならなければいけない。それには、自分が実業家になる必要がある。そう考えて、27歳の時にスタンフォード大学で経営学を学び始めました。

スタンフォードの経営大学院は、MBA(経営学修士号)を授与する条件として、卒業論文だけでなく、学生が卒論で取り上げたビジネスのアイデアを、実際に自分で企業化することを求めています。空理空論の論文では、卒業できないのです。

彼が選んだテーマは、まだ誰もやっていない光ファイバーでのディスプレイでした。彼はそのアイデアを実用化するために、あちこちの企業に売り込んでみましたが、みな断られました。最後にディズニーに売り込んでみました。すると、「面白そうだ。やってみなさい」と言って、彼のアイデアの実用化に協力してくれました。

実際にアイデアを実用化するには、技術的にむずかしいことがいくつもありました。それらを克服して、何とかディズニーの指定した期日までにそれを動くようにしました。そして結果は、大成功、大好評でした。そこで彼はこの技術をもとに、大学院在学中に会社をおこしました。29歳の時です。

その後、光ファイバー・ディスプレイの事業化で得た資金をもとに、1984年、シリコンバレーで通信技術関連の起業家たちを支援するベンチャーキャピタル、『デフタ・パートナーズ』を設立しました。以来、原氏は、若い技術者たちのビジネスの起ち上げを支援しています。

そればかりでなく、「技術を使って世界を変える」をビジョンとして掲げています。実際に、発展途上国の貧困解決の支援をはじめ、国連などさまざまな公益活動、そして現在のIT産業の次に来るポストコンピュータ時代を見据えての、新しい基幹産業を創出しようと取り組んでいます。

中米へ行って、アメリカ先住民の考古学発掘をしたい。その欲望が発火点となって、法学部出身の原氏が、経営学を学ぶことになり、しかも大ベンチャーキャピタリストとなり、さらには国際貢献をするグローバリストへと発展したのです。

はじめは、ささやかな夢でもいいのです。それを実行しているうちに、どんどん巨大に成長していく。それが欲望の本質なのです。

 

WORK SHOP

自分の欲望を書き出して見よう!

①あなたは、あなた自身の主人です。ですが、あなたは自分が何を持っているかを知っていますか? この機会に、あなたが持っている才能を全部書き出してみましょう。

②次に、あなたが実現したい欲望を全部書き出してください。そして、どの才能とどの欲望が実現にむけて結びつくか、一覧表を作ってください。

それが、どうつながるか。それは、主人であるあなた次第です。

 

「諸々の欲望は浄化され、
理想化されねばならない。
だが、欲望を絶やしてはならない」
(ラビ・エリヤ・ザルマン)

あなたは一生の中で、何か実現したい、成功させたいという欲望を、心の奥に持っているはずです。では、成功するために、あなたはどのような備えをしていますか?

欲望はあなたと物事とを結びつけます。

欲望の対象は物やお金とはかぎりません。恋人がほしい、子供をつくりたい、やせたい、出世したい、音楽や芸術で成功したいなど、何でもよいわけです。

そうした欲望を実現するには、どうしたらよいか? それを少し考えましょう。

それにしても、なぜ欲望は、次々にわくのでしょうか?

フロイト流にいえば、人間の深層心理にうごめく〝性欲の反映〟だという答になるでしょう。アドラー流にいえば、〝権力欲の反映〟が欲望として浮上するということになるのでしょう。しかし人間の欲望は、性欲や権力欲だけでは説明しきれません。

この疑問に対してもっとも説得力のある答は、ユダヤ教神秘主義者(19ページ参照)たちの説明です。

ユダヤ教徒の歴史を作品にした作家オパトシュは、『ポーランドの森の中にて』の中で、次のように書いています。

「欲望の底には神の火花がある。それは人の深みに沈んでいる。それが、引き上げてほしいと訴えて欲望となるのだ」。

神の火花〟すなわち、生命そのものが何かを訴えて、欲望となって心に浮上してくるというのです。生命が何かを訴えて、それを形にしてほしいと、わたしたちの心に突き上げてくる。そして、各自の力量や才能に応じて、各自が実現していくもの、それが欲望の秘密だというのです。

 

夢の実現に向けて成果を積み上げていった松下幸之助

ただし、欲望の持ち主である本人がそれをどこまで自覚し、把握しているかということになると、当然、いろいろ個人差があります。

欲望が心に浮かんだ瞬間から、これは自分の生涯の使命だと思う場合もあるでしょう。または、後で振り返って、ああ、あの願望が結果的に自分の事業のきっかけになったのだと思うこともあるでしょう。

たとえば、松下幸之助は電気会社に勤めていた22歳の時に、ソケットの改良を会社の上司に見せました。上司は、「松下君、これはダメだね。問題にならない。課長に提案もできない」と、すぐに突き返しました。幸之助にしてみれば、試作品を量産すれば、会社の役にも立つという思いでした。しかし、上司に却下されたのです。

そのことがきっかけとなって、まもなく1917年、彼は会社を退職し、ソケット製作に取り組んだのでした。しかし、最初から事業がうまくいくはずはありません。手元資金も尽きかけ、ソケットの事業化はほとんど行きづまりました。

その時、知り合いから仕事が持ち込まれました。ソケットとは無縁の、扇風機の部品の下請け、絶縁盤の製造でした。これが順調に伸び、次に考案したのが、電灯のソケットにはめこむアタッチメントプラグです。さらに差し込みプラグの考案と製造で一応の成功をしました。そして次に自転車に取り付けるランプの発明により、彼の会社は大きく成長しました。松下電器がソケットを製造するようになったのは、独立して十年以上たった、1929年からです。そして、以後、ランプ製造、ラジオ製造など、次々に事業が拡大し、今日のパナソニックへと発展してきたのです。

生命は人間の内に流れるものであって、自分で生命を自覚したり、意識したりはしません。しかし、周囲の状況や環境によって、しだいに生命は自己表現をし、欲望が意識したことを形にしていくわけです。

内側からの生命の突き上げという点で、フランスの哲学者ベルクソンの唱える〝生命の跳躍〟という概念も、じつはオパトシュのいう〝神の火花〟とルーツは一緒です。というのは、オパトシュもベルクソンも、家族は代々、ユダヤ教神秘主義運動の一派、ハシディズム派の敬虔な信徒であり、二人ともその教えを熟知していたからです。

ハシディズム派では、「欲望が雑念となって人を襲ってくる。それは、欲望に取り込まれ捕虜になっている神の火が、天に引き上げられたいと、人間を突き上げるからである」と教えています。

その突き上げの衝撃に刺激されて、人はあれこれ試行錯誤を重ねながら、人間の内なる衝動の願っている方向へと、実現に務めるわけです。

松下幸之助の例からわかることですが、欲望や願望は人間の生命の根幹からわき出ているのです。ですから、最初の願望の形どおりにならなくても、その願望の延長線上に願望や欲望が、形を変えて実現してきます。

たとえば絶縁盤やプラグ、自転車用ランプ、次にソケット、そしてラジオ、テレビと、次々に願望が連鎖反応を起こして、今日の大きな事業になってきたわけです。

この連鎖反応は、十八世紀の東欧・ドイツのユダヤ社会に、絶大な影響力を発揮していたラビ・エリヤ・ザルマンの、次の言葉に象徴されています。

「諸々の欲望は浄化され、理想化されねばならない。だが、欲望を絶やしてはならない」。ラビ・エリヤもまたスピノザと同じく、欲望を否定しませんでした。

 

見習い工から世界最大のダイヤモンド商人となったレビエヴ

このラビ・エリヤの発言をそのまま実行したような現代人の例があります。

それは、現在、世界最大のダイヤモンド商人といわれているレヴ・レビエヴです。

彼は1956年に旧ソ連(現ウズベキスタン)タシケントに生まれ、1971年にイスラエルへ移住しました。家が貧しかったので、お金のかからない宗教学校を選びましたが数ヶ月で退学し、ダイヤモンド研磨の見習い工として働きました。

兵役を終えて除隊後、彼は小口取引のダイヤモンド商人としてスタートします。といっても、無一文に近い状態でした。彼はある日、親友のラプスに打ち明けました。

「君、我々に何が必要か知っているかい?」
「何のこと?」

「我々が入手しなければならないのは、カットされていないダイヤ原石だよ」

ダイヤは原石をいくつかにカットし、それを研磨して商品に仕上げていきます。カットされた破片も微小なダイヤ粒として研磨され、これもまた商品になります。原石が入手できれば、その利益は計りしれないほど大きなものになっていくわけです。

しかし当時、普通の人は、だれもダイヤの原石など入手できるとは思っていませんでした。南アフリカの世界的ダイヤモンド会社『デビアス』が、ダイヤモンドの製品加工と流通を独占し、世界のダイヤ市場の80%以上を支配していたからです。

デビアス社は、「サイトホルダー」と呼ばれるダイヤ第一次仲買人制度を作り、彼らだけがダイヤ原石、未完成ダイヤを購入できるようにしました。それは全世界のダイヤ加工業者や取引大手の中から選ばれたわずか125名のシンジケートです。

彼らは年に数回ロンドンのデビアス社で取引をします。デビアス社が用意した袋の中のダイヤを見て、デビアス社の指定した値で買うか買わないかを即座に決断しなければなりません。しかもデビアス社は、サイトホルダーに売った原石を誰にカットさせ、誰に研磨させ、誰に売らせるかまで命令していました。

兵役を終えたばかりの、まだ20歳そこそこのレビエヴ。彼のように零細なダイヤモンド商人が、ダイヤ原石を入手しようと思えば、 せいぜい二次取扱人と呼ばれる業者から、ごく少量の密輸品を買うしか、方法はありませんでした。それ以外で原石を入手するには、厳選された少数のエリート商人・サイトホルダーになるしかありません。そこで彼は、サイトホルダーになるために、デビアス社に応募しました。

これは大変なことでした。すんなりと彼がサイトホルダーとして選ばれるわけはありません。まず、デビアス社の言い値で原石を買えるだけの資金の蓄積も必要でした。それにもまして大変だったのは、レビエヴが中央アジア出身者であったために、ユダヤ人商人が多いダイヤモンド業界でも、一緒の人種差別をされていたことです。

しかし彼の勤勉な働きぶり、そして非の打ちどころがないビジネスの展開が認められ、80年代の初めに彼は若くしてサイトホルダーになることを許されました。彼のビジネスは急速に拡大し、その能力をテコにして、さらに発展していきました。

 

強大な独占企業に立ち向かい、ダイヤ原石の買付に成功

80年代後半に、チャンスがめぐってきました。長くデビアス社との利益関係を維持してきた、ソ連共産党指導部が崩壊しかかっていたからです。

「そうだ、ソ連と商売をすれば何か新しいことができるかもしれない」。

レビエヴは悩んだ末、ニューヨークのブルックリンへ飛び、家族が帰依してきたユダヤ教ハシディズム・ルバビッチ派の最高指導者、レベ・メナヘム・シュネルソンに直接助言を仰ぐことにしました。   

「わたしはロシアへ行くべきでしょうか?」

シュネルソンはロシア語で、「行け。ロシアに行け。そして商売をしろ。だが、ユダヤ人を助けるのを忘れるな。おまえの家族の伝統を肝に銘じよ」と答えました。

シュネルソンから与えられた祝福を胸に秘め、レビエヴはロシアへ向かいました。そして旧ソ連圏におけるルバビッチ派のネットワークや、ユダヤ人の人脈をたどって、旧ソ連地域全体におけるダイヤモンド・ビジネス展開の青写真を共産党指導部に売り込むことに成功したのです。

ロシアとビジネスをするためには、レビエヴはデビアス社が取り仕切るシンジケートのサイトホルダーとしての地位を放棄しなければなりませんでした。もしロシアとの直接交渉に失敗すれば、それまでに築いてきた一切の権益をも失いかねません。思案の末、彼はデビアス社との訣別を決断しました。

そして1991年にソビエト連邦が崩壊、翌年、ロシア共和国政府は、ダイヤ原石の一部を初めてレビエヴを経由して市場に供給し始めたのです。これは、ダイヤモンド商人にとって大変な衝撃でした。デビアス社を経由せずにダイヤモンドの流通ができるなんて! それは信じられない出来事だったからです。

 

毎年約50億円もの大金で旧ソ連圏内のユダヤ人を支援

 

レビエヴは、デビアスの独占体制に風穴を開けたのです。レビエヴはいまや、ダイヤの生産から小売まで、原石のカットから、研磨、流通までの全行程を掌握する世界最大のダイヤ業者となっています。彼の事業は、アンゴラのダイヤモンド鉱山からテキサスのセブンイレブン系列企業まで、その活動領域は多岐にわたっています。

現在、資産80億ドル以上とも噂される彼は、毎年約5千万ドルを社会事業に寄付しているそうです。ただし、彼が支援しているのは、もっぱら旧ソ連圏内にいるユダヤ人、とりわけ中央アジア高原地域のユダヤ人に対してです。彼は旧ソ連内の500ヶ所以上のユダヤ人コミュニティのためにユダヤ人学校、シナゴーグ(ユダヤ教会堂)、孤児院、コミュニティセンターと食事サービスなどを支援しています。

彼は自分の欲望実現で得た利益を用いて、困っている同胞を助け、社会事業に奉仕しているわけです。

以上、長々とレビエヴの話をつづりました。これは、読者の皆様に現在のレビエヴの成功を見てもらいたいからではありません。彼が1970年代半ばのある日、親友ラプスに、ダイヤモンド原石を扱う商人になりたいと告げた時、この親友さえも彼の野心を信じられなかったということを知ってもらいたいからなのです。

しかしレビエヴはその野心を、その欲望を追い続けたのです。そして努力し、着実に形に仕上げてきたのです。いや、彼の夢はもっと幼児期にまでさかのぼります。

「私は自分が金持ちになることを決して疑わなかった。すでに6歳のときから自分が大富豪になることを知っていた。父と一緒にいろいろな宝石店に行くたびに、父が訪問先と話をしている間、私の目は自然と商品の品定めをしていた」とレビエヴは語っています。

いつの日か夢を実現することを願って、そのために彼は幼い時から、自分で学べることは、どんどん積極的に自分の中に取り込んでいったのです。その日々の観察深さ、日々のちょっとした努力の積み重ねを見落としてはなりません。

 

WORK SHOP

役に立つ欲望、むずかしいと思う欲望は?

①あなたが今すぐ実現したい欲望は何ですか? 全部書き出してください。

②その中で、5年かけても実現したい欲望は何ですか? 10 年かけても実現したい欲望はどれですか?

③その中で、自分にはむずかしいと思える欲望実現はどれですか?

④社会のために多少とも役立ちそうな野心はどれですか?

むずかしいと思った欲望については、あなたはもうすでに言い訳を用意しているのです。ですから、それは、さっさと欲望リストから抹消することをお奨めします。

役立ちそうなものは、あなたの存在価値を高めるものです。だから、その実現にむけて、設計図を書き直してみることです。

 

「繁栄している時代には、皆兄弟になる」
(ラビ・ヨハナン)

あなたは、「急いで得た富はすぐに失せる」というユダヤの格言をご存知ですか?

欲望については長期と短期の二つのアプローチがあります。短期的アプローチは欲望を満たそうとします。長期的アプローチは欲望を実現しようとします。

短期的アプローチは、欲望を急速に満たそうとしますから、すぐに満足できない場合、それをあきらめきれず、心のうちに不満がつのり、その反動と爆発で、ともすれば暴力的になります。お金が欲しくて強盗をするなど、その典型です。性欲をおさえきれない男子が、しばしば犯罪に走ることは、申すまでもなく、欲望への短期的アプローチがもたらす弊害の例です。

自分自身に対しても暴力的になる場合もあります。たとえば、お金が得られないからといって、自殺する。自殺しないまでも、収入が少ないことに悩んで、自分が不運だからなのだと、自分の運命をのろったりします。これは精神的に自分をいじめている、つまり虐待し、自分に対して暴力的になっていることに他なりません。

何か事業を始めようとする場合の事業欲にしても、短期的アプローチだと、成功を急ぎすぎて、とかく失敗を招いてしまいます。たとえば、商店街の中で、良い場所であるのに、次々とテナントが入れ替わる店舗があります。たいていの場合、それは立地条件だけを考えて出店し、その通りをどのような住民や通行人が通るのかを調べないまま、自分だけの考えと自分の都合で店を開いてしまうからです。

 

質素だが手作り感覚で人気を呼んだカフェレストラン

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もう三十年以上も前のことです。私が住んでいたマンションの真向かいに公団アパートがあり、その一階に5軒の店が入っていました。レストランが2軒に、婦人服店と洋品店、クリーニング店が1軒ずつ。その中の1軒のレストランだけは、開店しても、3ヶ月と続きません。次々にテナントが変わります。理由はわかりません。

ある土曜日のこと、向かいを見ると、なにやら工事がはじまっていました。それも、どうみても大工職人やインテリアの職人ではありません。素人が集まって、レストランの改装をやっている様子でした。2週間後に、新しいレストランがオープンしました。大勢の友人、知人を招いて、開店パーティーをしていました。けれど、翌日から客足が落ちていることは、真向かいから見ていたので、すぐにわかりました。

店は、いかにも素人風です。前回の店にもまして、今度は、もっと短命かもしれない。そう私は思っていました。

しかし、素人が内装もしていたレストランなので、どのような店だろうかと、近寄って店の様子をのぞいてみました。店の前には、手書きのポスターで、「手作りコーヒー」と書かれていました。そういえば、当時、私が住んでいた住宅地の界隈にはどこにも手作りコーヒーの店はありませんでした。

それで、家内をさそって、思い切って、その店に入ってみました。テーブルも椅子も、手作り。カウンターの台も手作り。床には、角材を同じ長さに切って縦に埋め込んだ木製のレンガというのでしょうか、タイルというのでしょうか、木製チップを敷きつめていました。何だか、ちぐはぐなのですが、アットホームな感じのお店です。

試しにコーヒーを注文しました。目の前で豆を粗挽きして、目の前で濾過し、熱々のコーヒーが運ばれました。アメリカやフランス、またはイスラエルのどの店で飲んだコーヒーよりもおいしかったのでした。

これで、我々夫婦はすっかりそのお店のファンになってしまいました。

料理は、最初のころはまあまあでしたが、やがて誰が食べても「おいしい!」と叫ぶまでに腕が上がりました。その店は、常連のお客様がカウンターの仕事を手伝うほど皆から愛されました。そして半年どころか、三十年以上も続く名店になりました。

 

こまかい工夫を重ね、着実に味方を増やしていく

欲望の長期的アプローチでは、性急なことをしません。開店資金は限られた予算であったのかもしれませんが、心を込めて手の届く範囲で、それこそ木製レンガをフロアに敷きつめるような心配りで始めることです。

出会う人を、ひとりずつお客様にし、ファンを増やしていく。その結果、派手ではないが、着実に自分の描いた夢が実現していく。それが、このカフェレストランの流儀でした。

といっても、この店のオーナーは多趣味で、自分がはまっていたバンド演奏会や油絵写生会を、自分の店を会場にして開催することも、当初は夢見ていました。けれども、じっさいに店を開いてみると、店のお客様の要望と、バンド演奏会や写生会とでは、そう簡単に両立しないことも判明しました。

長期的欲望の実現のためには、長期的なビジョンも必要ですが、もっと必要なのは、目の前の現実に対応しつつ、自分のビジョンや夢を軌道修正する柔軟性です。

この店の場合、お客様の中に冬はスキー、夏はダイビングを楽しむ人々がいるということが判明し、やがてお店主催で、冬はスキーバスを仕立てて、スキー旅行をするようになりました。夏は、皆で沖縄へ出かけて、ダイビングを楽しんでいました。

三十年の間に、お客様が世代交替をしながら、それでも確実に続いていました。残念なことに、オーナーシェフの体力の限界で、今はもうありませんが、本当にいい店だったなあ、と今でも思い出します。

長期的アプローチで欲望を実現するためには、細かい工夫を重ねながら、着実にお客様や味方を増やしていくことが大切だということを、あの店は教えてくれました。

欲望の対象が、ビジネスであれ、学問研究であれ、芸術や舞踊や演劇、または前人未到のクリエイティブな活動であれ、基本は、あの店の経営と一緒です。手の届くところから、まず一歩を踏み出す。それも、友人たちの祝福があると、なお良いということでしょう。

あとは地道に、自分でおいしいコーヒーを作っていくことです。昨日よりは今日はなおおいしいコーヒーを工夫していくことです。友人がお客様にならなくても、友人の友人がお客様になってくれれば、ありがたいのです。

 

自分の欲望の実現により、皆が幸せになることが大切

ユダヤ人の社会には、西暦一世紀から二世紀にかけての賢人たちの語録を集めた『ミドラシュ』というジャンルの文献があります。ミドラシュとは、「説法」とでも訳しましょうか、さまざまな賢人たちの発言の中から、聖書に関する光った説話を抜粋して、聖書の章句にあてはめ、編集しなおした記録です。

ミドラシュには、当時の世相を反映したコメントがたくさん含まれています。その点で、ユダヤの戒律や律法を中心に、主として法令の判断例を集めた『タルムード』と対照的です。人間の社会心理を見事についた警句も含まれています。

そのミドラシュの一節に、「繁栄している時代には、皆兄弟になる」という一句があります。西暦三世紀の賢人、ラビ・ヨハナンの発言です。

ユダヤ人にとって、西暦三世紀から五世紀にかけては、比較的穏やかで平和な時代でした。紀元70年にエルサレムがローマ軍によって滅亡させられ、彼らは国を失いました。そして、彼らの国土は、ローマ帝国によって、属州パレスチナと改名されました。135年には、ユダヤの愛国者たちが、自分たちの独立回復を期して、再度ローマ帝国への反乱を起こしましたが、それも失敗していました。そのために、パレスチナのユダヤ人たちは萎縮して過ごしていました。

それでも、三世紀から五世紀にかけては、もはや戦乱はなく、ささやかながら平和な暮らしが続いていたのです。そういう背景のもとに、ヨハナンは、「繁栄している時代には、皆兄弟になる」と言ったのです。もっと正確に言えば、「愛と兄弟愛で皆が喜びの声をあげる」と、彼は言葉を続けています。

ほんとうに各自がその野心や欲望を実現するためには、戦乱続きではむずかしいのです。ナポレオンやカエサル(シーザー)、織田信長など、強引に野心を満たそうとした人々は皆、野心の途中で挫折しているのです。

皆が繁栄するような社会を実現すること、これは我々が欲望を実現する条件としても、とても重要なことです。

話が少し大きくなりましたが、欲望をあまねく実現するためには、皆が繁栄できる環境をつくることも、一人ひとりが、心にかけなければならない課題なのです。

 

「利己主義と利他主義の双方が
幸せな生活のために必要である。
どちらも倫理的な動機である。
正しい生活はこの二つのバランスの上にある」
(サムエル・シナヴェル)

アップル社の創業者・天才ジョブズが成功した理由は何にあったのでしょうか?

2011年10月5日、あの天才スティーブ・ジョブズが56歳で世を去りました。その死去のニュースは、一種の激震のようにして世界中を駆け抜けました。世界最古の経済誌、英国の『エコノミスト』は、彼の死の直後に発行した最新号の表紙に、「魔術師 スティーブ・ジョブズと彼が創造した世界」という見出しをかかげ、彼を追悼しました。じっさい彼は「imac(アイマック)」、「ipod(アイポッド)」、「iphone(アイフォン)」と次々に新しい機能の製品を市場に導入し、世界をまるで新しく創造してしまったからです。しかも個人資産65億ドルという巨万の富を残して去ったのでした。
 
彼の人生は、それこそ魔術のように波瀾万丈でした。

彼は、生まれて間もなく養子に出され、養父母が貧しいために、せっかく入学した大学を半年で中退せざるを得ませんでした。

アタリ社に勤めていた彼は、友人のスティーブ・ウォズニアックと、「個人的にだれでも簡単に使える」小型コンピュータを作りたいと願って、1976年にアップル・コンピュータ社を設立したのでした。これにより、本格的な「パーソナル・コンピュータ」が誕生することになります。「パーソナル・コンピュータ」は彼の造語でした。

 

追放から十数年、年俸1ドルで暫定CEOに復帰

しかしジョブズは、1985年、自分が創業したアップル社から追放されてしまいます。それも、会社のためにと思って外部からスカウトした、元ペプシコ役員のジョン・スカリーによってです。彼は無念さとくやしさに打ちのめされました。

普通の人であれば、そういう仕打ちをした会社が存在する場所に住むことさえも不愉快で、そこから出てしまうでしょう。しかし、彼は自分の敵が勝ち誇っているシリコンバレーから逃げ出さず、新しく教育用ワークステーションの会社ネクスト(NeXT )と、画像処理のピクサー(Pixar )を起ち上げました。ピクサーは世界初のコンピュータ・アニメ映画製作会社として注目され、ディズニーと提携するなど、大成功を収めました。今や立体動画の世界では、ピクサーにならぶ会社はありません。

その間、ジョブズを追い出したスカリーですが、ハイテク技術の素人の彼には、アップルを発展させることができず、やがて失脚しました。

他方、1996年に、アップルがピクサーを買収し、やがてジョブズは年俸1ドルという条件でアップルの暫定CEOに復帰しました。2000年に正式にCEOに就任、そして、斬新なデザインの「imac 」に始まり、次々とそれまでのアップルのイメージを打ち破る新製品を発表しはじめました。

とりわけ2007年1月に発表した「iphone 」は、それまでの携帯電話の常識を全面的に変えてしまいました。そうした大成功の結果、2011年10月現在、アップル社の時価総額は3500億ドル、あのマイクロソフト社の2200億ドルをはるかに引き離しました。

こうしたジョブズの成功と巨富の話を聞いて、あなたは、あるいはうらやましく思うかもしれません。しかし、もしもあなたが彼の人生から学び、それを彼のように実践すれば、あなたもジョブズのような成果をあげることは、不可能ではないのです。

その第一に、彼はお金でさんざん苦労してきました。ですから、ある面では強欲でした。お金を得るためには、シビアでした。

まだアップルを創業する前のことですが、彼はアタリ社からブロック崩しゲーム「ブレイクアウト」の製作を引き受けたさい、報酬を山分けするという条件で親友のウォズニアックに手伝ってもらいました。そして、アタリからもらった報酬の半額として彼はウォズニアックに350ドルを渡しました。しかし、じつはジョブズがアタリから受け取った報酬は5千ドルだったのです。当時、5千ドルあれば、独身者では一年間十分に生活できたはずです。

後で、この事実がウォズニアックに露見してしまいました。ですが、それほどジョブズは生活に困っていたのだと、むしろウォズニアックのほうが理解をしめしました。

そして、1975年にウォズとジョブズがアップル1号機を試作し、1977年には投資家マイク・マークラも加わり、三人でアップルを法人化しました。そして、アップル2号機を発売し、以後の発展へとつながっていくわけです。

 

世界中の人に幸福をもたらした利己主義者、ジョブズ

ここで気づいて頂きたい。ジョブズの利己主義だけで、アップルが大きくなったわけではないのです。ウォズニアックの度量の広さというか、他人をかえりみる同情と、友人へ協力を惜しまない利他主義とが組み合わさっていたから、アップルは大きくなったのです。ウォズニアックはアップル社の株式上場のさいは、自分の株式持ち分の中から社員に株式購入権を提供しています。エイズ患者の支援基金を作るなど、人々への配慮を忘れません。

では、ジョブズはまるきり利己主義者なのかというと、彼はまた別の意味で大きな利他主義者でした。彼は、技術中心に製品開発を発想したのではなく、つねにユーザの目線で、ユーザの意識で、次の製品開発を考えていたのです。

実用的な利便性はもちろんのこと、または目にみえないけど生活が容易になるとか、心が楽しくなるとか、気持ちをなごませるとか、なんらかの恩恵を人々に与えてはじめて、自分の欲望も実現できるのです。

そのために、彼は他人の能力を最大限に活用し、誰に何の仕事をさせるかを、つねに考えていました。才能がある人物を用い、異才を認め、しかもそれぞれに厳しく要求していたから、アップルを世界一の企業に成長させることができたのです。

いずれにせよ、自分一人の力では、欲望の実現も充足もできません。自分の利己主義の実現のためにも、じつは他人を思いやる心をどこかに秘めていないといけないのです。人々がごく自然な気持ちで、すぐに使える商品を提供できれば最高ですね。

 

「我々が善を認識するのは、
それが欠けているときだ」
(ラビ・モーセ・ゲンティリ)

巨万の富を得るための原点は何でしょうか? 

人が欲望を持つということは、すべて自分が幸せになりたいからです。

こう言うと、「いえいえ、私は自分が幸せになりたいとか、そんな欲望を持ったことはありません。私は自分のことより、気の毒な境遇の人を放っておけなくて、社会福祉活動をしています」と、返答する人もいます。こういう発言に対しては、「失礼しました。あなた様のお心がけは立派なものです」と答えるべきかもしれません。

しかし、中には福祉活動を自分の生活手段にし、それによって給料や退職積立金を得ている人もいます。いちがいに社会福祉活動やボランタリー活動をしているからといって、その人が幸せな人だとは言えない面もあります。

そもそも気の毒な人を放っておけないという人自身も、ある意味で、気の毒な人なのです。自分を納得させるために、その人は社会福祉活動に励んでいるのです。自分の気が落ち着くために、自分がより満足するために社会福祉活動をしているのです。

一般に、人を幸せにしてあげたいという方は、ご自分が十分に幸せだと思っています。しかし、その人には、自分が幸せで満たされていると思いながら、何か気がかりなことがあるということもあります。つまり、自分が満ち足りているだけでは、満足できなくなっているのです。だから、なお他人のことにまで気にかけるのです。

人によっては、経済的には満たされていても、心が満たされていないのです。

 

他人の幸せと自分の事業欲を両立させた人たち

そうした人間心理の矛盾点をついて、ユダヤ人ナザレのイエス(*)は、「幸いなるかな、心の貧しい人よ。天国はかれらのものである」と語りました。

(*)イエス・キリスト(紀元前4年頃-紀元後28年頃)。イスラエル北部のナザレに生まれたので「ナザレのイエス」とも言われる。キリストというのはヘブライ語で救世主を意味する「メシア」のギリシャ語訳。

心が満たされていないことに気づくと、せめて善行を行なって、心が安らぐようになりたい。できれば天国へ入る約束を得て、安心したい。そう人は思うのです。

物質的に満たされていても、精神的に満たされない。だから、北インドの王子であったお釈迦様は出家し、真実の心の安らぎを求めようとしたのです。東西の宗教や文化が違っても、この点に人間の内面的な葛藤があります。

安心したいという気持ちは、願望という意味で、これも欲望のひとつです。

人々の役に立つ何かよいことをしたい。そう思うことは、じつに素晴らしいことです。しかし冷静に社会奉仕を観察すると、その何かよいことが、じつは自分の中にも欠けているから、それを行なって、自分も満足しようとしているわけです。これが、社会奉仕や慈善事業の本音ではないでしょうか。

いずれにしても、人は自分が満たされることを善とか、幸せといい、自分が満たされないことを不幸とか、悪とかいうのです。

自分も満たされ、人も満たされるという状態は、善の最大公約数として、大いに称讃されるべきものとなります。

他人の幸せと自分の事業欲とを両立させ、善を実現しようとした欲望の一例が、スティーブ・ジョブズの残したipodやiphone、マーク・ザッカーバーグが実現したフェイスブックの世界ではないでしょうか。

岩山を切り崩しやすくするために、ダイナマイトを発明したノーベルもそうです。彼はさらに、発明で得た莫大な利益を基金にして、世界に貢献した学者や社会活動家のために、ノーベル物理学賞、化学賞、生理学・医学賞、文学賞、平和賞の創設を遺言しました。(ノーベル経済学賞は、正式には「アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞」であり、1968年からの新規制度)

フォードが自動車を発明したのも、もとはといえば、野菜や果物の鮮度が落ちないうちに、農家の人々が収穫物をすぐ都会へ運んで売れるようにするためでした。

世界的な自動車メーカー、トヨタの前身・豊田自動織機は、当時、女性の手仕事であった機織りを楽にしてあげるために作られたものです。職人が仕事場で履く足袋や草履が破れやすいので、足袋の底にゴムを付けて耐久性をつけたのがブリヂストンのタイヤ生産の原点でした。巨万の富を抱える巨大企業が発生した原点は、みな多くの人々の役に立ちたいという思いで始めた仕事です。

 

短期的に欲望を満たそうとしてもリスクが大きいだけ

てっとり早く金儲けをしたいのであれば、高利で金を貸す、という方法があります。以前は消費者金融大手の会社の社長や会長は、日本の長者番付の筆頭でした。しかし、高い利息や強引な取り立てなどが問題になり、法律改正もあって今ではすっかり羽振りが悪くなっています。高利貸しの経営者で、長続きした個人の例はありません。多くの自殺者を出すようなことになってしまっては、世間の目も厳しくなります。

ほかに手軽に大金を手にする方法として、宝くじもあります。年末や夏になると、億万長者になる夢を見て、宝くじを買う人が大勢います。これは楽しい夢です。この宝くじで、かならず1等が当たる方法があります。それは、発行する宝くじを全部買い占めることです。

しかし、たとえばジャンボ宝くじの場合、1等は1千万本に1本なのです。1枚300円で1千万本買うには30億円が必要です。それで確率どおりに1等と前後賞が当たって3億円。2等以下が少し当たったとしても25億円以上の損になるでしょう。損と思わずに、「25億円を社会のために寄付した」と考えるべきでしょうか。

たぶん、宝くじを買う人は、自分のささやかな夢が、たとえ破れても、それが社会に役立つことを考えて投資しているのでしょう。それとも、大多数の宝くじ購入者を犠牲にして、自分だけが幸せになろうということなのでしょうか。

短期で金儲けをしようというのは、つまり外れるリスクが高いわけです。むしろ、皮肉な言い方をすれば、外れることを楽しんで浪費する、これが短期的欲望充足の実態なのです。

どう考えても、性急な欲望の充足ということには大きな危険が伴います。

十七世紀イタリアのユダヤ教のラビ・モーセ・ゲンティリは、「我々が善を認識するのは、それが欠けているときだ」と指摘しています。

社会に不正や不幸がみなぎっていると、それを是正したいと欲して人々が立ち上がる革命。これは政治的な善の原点です。人々に欠けている物やサービスを提供して、それで自分の収入を得たい。これは事業欲という善の原点です。もちろん、人々を助けたいという奉仕欲も、人類全体の善の原点です。

事業欲、事業を大企業に育てて自分も巨富を得たいという資産欲も、つまるところ人々や社会の役に立つことを通せば実現できるのです。

こうして、欲望と善は両立するわけです。人々に欠けているものが何かに気づいて、それを提供する。これこそが善なのではないでしょうか。

 

WORK SHOP

自分に不足しているものは何か?

①あなたに不足しているものは何ですか? 全部箇条書きにして書き出してください。能力面で不足していること、物質的に不足しているもの、環境的に不足しているもの、精神的に不足しているもの。

②それは、どのようにすれば充足できるのでしょうか?その方法を書き出して、みてください。

③仮にそのために誰かに応援してもうらことが必要だとしても、その応援や支援が打ち切られた場合、後はあなた一人で不足を全部補えるようになるのでしょうか?

他人の支援をいつまでも望んでいるかぎり、あなたが満たされることはいつまでもないでしょう。①でリストアップした項目の中で、いずれ独力で実現できそうなものだけに絞りこんで、本当は何が不足しているかを考え直してみてください。

 

「失敗は行動しない者が引き起こすのであって、
失敗を覚悟してあえて行動しようとする者によって
起きるのではない」
(ラビ・ルイス・ビンストック)

あなたは危険の意義について考えたことがありますか?

人間であるということ、人間として生きているということは、欲望の複合体として機能していることなのです。「欲望のかたまり」と言ってもいいでしょう。

「私は無欲です」と言う人は、その人にとって必要なだけの欲望が満たされているので、現状以上の待遇をあえて望まないでいるだけのことです。災害や事故によって、現状の安定が破壊されれば、その無欲な人でさえも、「せめて○○だけは以前のような生活に戻ればありがたいのだけど…」、と欲するでしょう。

日本ではほとんど知られていませんが、アメリカの思想家で、アイン・ランドというユダヤ人女性がいます。彼女は1905年にロシアに生まれ、ロシア革命後の1926年に米国に渡り、映画の世界でシナリオライター、劇作家として活躍しました。

彼女の有名なことばに、「何かでありたいと願わない欲望は、存在したくないという欲望である」という一句があります。要するに、何も欲しないということは、死んでいるに等しいという意味です。

生きているから欲するのです。豊かに生きようとすればするほど、さまざまな欲望を持つことは、当然なのです。問題は、それをどう実現するかです。そこには、あなたの主体性が問われるのです。

 

脚本家から思想家に転身、経済界の大物にも影響を与える

アイン・ランドは、1943年に長大な社会小説『水源』、1957年に『肩をすくめるアトラス』を発表して、一躍、思想家としても有名になりました。

世間の常識にとらわれずに、自分の理性で物事を客観的に判断し、何者の奴隷にもならない独立自尊の生き方、政府や大企業・大組織に依存しない自由主義と資本主義の理想を、彼女は描きました。

政府は警察や軍、裁判など権力の行使以外にかかわるべきではない。郵便局、道路や街、学校などは、すべて個人が運営すべきで、国家と経済は分離すべきだとさえ主張しました。小さな政府を主張するアメリカ人の資本家と、まさに意見が一致します。

ですから、彼女の作品は、アメリカの経営者が必ず一度は読む、経営のバイブルだとさえ言われています。

アメリカ連邦銀行のトップを務めたグリーンスパンは、青年時代に彼女に出会ってから、自由放任主義的経済観を持つようになりました。それまでのグリーンスパンは、観念的な理屈をこねていました。

彼は、アイン・ランドの前で、「実証できる事実がなければ概念化もできないし、確信も持てない。道徳は人間関係であって、物理的事実ではない。だから、道徳的に絶対正しいと言えることは存在しない」と、自分の考えを述べました。

するとアイン・ランドは、すぐさま、「では、あなたは自分が存在するということを、どのようにして実証するのですか? そう言うあなたはいったい誰ですか?」と、鋭い質問を彼に突きつけました。とっさの突っ込みに、グリーンスパンはよく答えられませんでした。

この出会いの結果、彼は借り物の知識や理論では不十分だということを自覚するようになりました。そして、徹底的に資料を集め、分析し、その上で自分の考えを主張するという現実的・実証主義的な経済アナリストへと育っていったのです。

 

「アメリカン・ドリーム」はいかにして生まれたか?

他人に自分を認めてもらう前に、いったい自分は何者で、何をしようとしていて、何を大切にする者なのかを知っておく必要があります。

よく「アメリカン・ドリーム」という言葉を耳にします。テキサスで石油を掘り当てたり、カリフォルニアやアラスカで黄金を掘り当てて、一夜にして大金持ちになるようなこと、つまり、インスタントな大成功と巨万の富を得ることの意味です。

鉄鋼王カーネギー、石油王ロックフェラー、新聞王ピューリッツァー、発明王エジソン、アニメ映画王ディズニー、現代では投資の神様ソロスやバフェットをはじめ、億万長者たちは、そうしたアメリカン・ドリームを実現しました。

しかし、その実現のために、彼らはいずれも、あえて危険にみちた事業に乗り出したのです。安全だから始めたのではありません。明日どうなるかさえわからないが、このまま、ずるずる座っているよりも、まず、動いてみようと決心したのです。失敗してもいいから、ともかくやってみようと、行動に出たのです。

ライト兄弟が1903年に初めて飛行機の実験に成功した時、まさに、そうした危険を承知で空中に飛び出したのでした。飛行実験に失敗して、墜落することばかりを心配していたら、彼らはいつまでも飛び立つことができなかったでしょう。

危険を承知で、まず、がむしゃらに飛び出す。危険を承知だから、それが安全にもつながるし、大成功へと発展もするのです。

消防士が火を怖がっていたのでは、火事を消せないのです。重いホースと筒先を抱えて消防車の高いハシゴの上に登るのも、じつは恐ろしいことです。ですが、恐ろしいから、消防士は緊張して消火活動に従事し、無事に火災を鎮火させるのです。

ともかく、立ち上がって、行動してみてください。成功するか、失敗するかは、その次のプロセスでの、あなたの行動次第なのです。

二十世紀のシカゴのユダヤ教社会を代表したラビ・ルイス・ビンストックは、「失敗は行動しない者が引き起こすのであって、失敗を覚悟してあえて行動しようとする者によって起きるのではない」と語っています。

この点について、彼はさらに注意をつけ加えています。

「往々にして近道を、それももっとも抵抗の少ない路線を選ぶから、つかのまの成功をしても、満足すべき結果に至らない」と、警告しています。冒険をせずに、物事が順調に運びすぎると、そのために苦労して学ぶ機会に恵まれず、かえって根づかないのです。

大胆に失敗を歓迎しましょう。

 

WORK SHOP

今、ためらっていることは?

あなたが、いま躊躇していることは何ですか? なぜ躊躇しているのですか?

・お金がないから、できない。→では、無料でできるところを探してみましたか?

・やり方がわからないから、できない。→では実際にやっている人のそばで、しばらく観察して、やり方を盗んでみたら?

・やってみたことがないから、わからない。→では、一度試してみては?

・能力がないから、できない。→誰だって、最初はうまくできない。赤ちゃんをご覧なさい。赤ん坊は最初から歩けたわけでもないし、物を言えたわけでもありません。ともかく、やってみることですね。

手島 佑郎著『決断の日に読むユダヤの言葉』より抜粋

【書籍紹介~目次】

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『決断の日に読むユダヤの言葉』

 

 

プロローグ
第1部 欲望と人間 Desires and Man
「欲望は人間の本質である」 (バルッフ・スピノザ)
「欲望は日々新しい力を得て人を襲う」 (ラビ・イツハク)
ワークショップ ◉ 自分の欲望を書き出してみよう!
「諸々の欲望は浄化され、理想化されねばならない。
だが、欲望を絶やしてはならない」 (ラビ・エリヤ・ザルマン)
ワークショップ ◉ 役に立つ欲望、むずかしいと思う欲望は?
「繁栄している時代には、皆兄弟になる」 (ラビ・ヨハナン)
「利己主義と利他主義の双方が幸せな生活のために必要である。
どちらも倫理的な動機である。正しい生活はこの二つのバランスの上にある」
(サムエル・シナ ヴェル)
「我々が善を認識するのは、それが欠けているときだ」 (ラビ・モーセ・ゲンティリ)
ワークショップ ◉ 自分に不足しているものは何か?
「失敗は行動しない者が引き起こすのであって、失敗を覚悟してあえて
行動しようとする者によって起きるのではない」 (ラビ・ルイス・ビンストック)
ワークショップ ◉ 今、ためらっていることは?

第2部 大胆と行動 Boldness and Action
「生きている者は、憧れる。死んでいる者は否定する」 (リヒャエルト・ベール=ホフマン)
「始めたということは、全体の半分以上なのである」 (イツハク・アラマ)
ワークショップ ◉ 三日坊主に終わったことを書き出してみよう!
「時間を持っていない人はいない。
立っている場所がない人はいない」 (シモン ・ベン・アザイ)
「言行一致した人は運命を信じ、
気まぐれな人はチャンスを信じる」 (ベンジャミン・ディズレリ)
ワークショップ ◉ 一生かけても達成したいことは?
「大人物の能力は過大評価され、小人物の能力は過小評価される。
人に機会を与えよ、そうすれば彼は成長する」 ( ル イス・ブランダイス)
ワークショップ ◉ 自分の能力を見つけよう!
「汝の立っている所こそが世界の中心である」 (タルムード『ベホロット』篇8)

第3部 社会と仲間Society and Friends
「仲間のいない者は、右手のない左手のようなものだ」 (ソロモン・イブン・ガビロール)
「両耳を通りに向けよ」 (ドイツ系ユダヤ人のことわざ)
ワークショップ ◉ 情報収集を心がけよう!
「疑問が人々を賢くする」 (シュムエル・ウケダ)
ワークショップ ◉ どんなことに疑問を持ち、質問したか?
「カゴの中の鳥は言う、『あなたは私の餌が十分かどうか見るが、
私が捕らわれの身であることを見ない』」 (『コヘレット・ラバ』十一)
「権力者に密着せよ、そうすれば人々はあなたに頭を垂れる。
温かい人に密着せよ、そうすればあなたも温かくなる」 (『ベレシット・ラバ』十六・五)
ワークショップ ◉ もし自分が権力者になったら?
「勤勉な人の諸々の思索は、ああ、ありあまる富にむかう。
すべて急ぐ人は、ああ、欠損にむかう」 (聖書『箴言』二十一章五節 私訳)
ワークショップ ◉ ほめられたこと、けなされたことは?
「人柄というものは、三つのものによってわかる。その歩き方、衣服、
そして挨拶の仕方である。人柄は三つのもので試される。仕事、お酒、
そして会話である」 (『アボット・デ・ラビ・ナタン』三十一)
ワークショップ ◉ もし一人だけで太平洋をヨットで横断するとしたら?
「汝の隣人を汝自身の如く愛せよ」 (聖書『レビ記』十九章十八節)

第4部 永遠の青春 Eternal Youth
「繁栄の日には喜べ、逆境の日には、
神が順境も逆境も創造したことを思え」 ( 聖書『伝道の書』七章十四節 私訳)
「信念を持てば人は若く、疑いを持てば老いる。
自信を持てば若く、恐れを持てば老いる。希望を持てば若く、
失望を持てば老いる」 (『How To Stay Young 』)
「人の成熟度は、他人の不幸へどのような感受性を
示すかによってわかる」 ( ジュリアス・ゴルドン)
ワークショップ ◉ あなたを応援してくれている人たちは?
「愛し、かつ愛される。これぞ地上の最上の祝福なり」 (ハインリッヒ・ハイネ )

参考文献

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