人生を変えたい人必読! アラン・コーエン氏が優しく手ほどきする「人生を変える」ために「自分らしく生きる」ことができる参考書

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ca5f86877b342fc2f8f8479e6252294b_m

世界には、自分の人生を「自分らしく生きる」ことが出来て、あらゆる成功を手にしている人たちがいます。

しかし、その一方で…

・いろいろな我慢をして人間関係を築いているのに、思うような信頼関係ができない
・無理をしてまで仕事を頑張っているのに、思うような成果がでない
・常にお金の心配が必要で、重苦しく生活している
・いつも身体の疲れが抜けていなくて、行動するのがしんどい

など、自分の人生を「自分らしく生きる」ことが出来ない人たちも、たくさんいるのが現実です。

あなたはいかがでしょうか?

ご自身の人生を「自分らしく生きる」ことができていますか?
先ほど述べた、たくさんの人たちと同じ悩みを抱えてはいませんか?
このままでは、この先の人生もずっと辛く苦しい想いをしてしまいかねません。そんなの嫌ですよね。

いままでいろいろなことに我慢して苦しんできたのであれば、これからは『「自分らしく生きる」道を歩んで人生を変えたい!』とは思いませんか?

では、どのようにしたら「自分らしく生きる」道を歩み「人生を変える」ことが出来るのでしょうか?

まず「自分らしく生きる」ことを邪魔するもの、これが人間の感情の中にあります。それは・・・、罪悪感・恥・恐れ・不安などといった苦しい感情です。
こういった感情に振り回され始めると、自分を批判してしまうなど辛くなってしまいます。 

では、こういった苦しみに振り回されないためにはどうしたら良いでしょうか?
なんと、実は世界には、こういった辛い苦しみから抜け出すための参考書が存在するのです。

その参考書の名称は・・・
「ア・コース・イン・ミラクルズ」
略して「ACIM」と言われるのが一般的です。
日本語では「奇跡のコース」といいます。

この『苦しみから抜け出す参考書「奇跡のコース」』は、苦しみの「現れ」にすぎない状況や問題を一時的に対処するものではありません。苦しみの「元」となっている原因を根本的に解決するものです。

では、どうやって解決していくのでしょうか?

それは、この「奇跡のコース」の教えと目的を知ることで少し見えてきます。

まず「奇跡のコース」の教えは
『「赦し(ゆるし)」をテーマの中心とし、愛の力を通じて「心の安らぎ」と「心の癒し」を手に入れる方法』です。

簡単に言うと、
「苦しい感情に振り回されているよりも、愛し癒し赦しを行う方がはるかに簡単ですよ」
という教えです。

そして「奇跡のコース」の目的は
・「愛し癒し赦しを行う」ことは人生のあらゆる要素となっている
・「愛し癒し赦しを行う」を実践するのはとてもたやすいことである
という2つに気付いてもらえるよう手助けをすることです。

このような教えや目的により、学んだことを実践していけば『「人生を変える」ために「自分らしく生きる」』ことができるようになります。ですから「奇跡のコース」は「人生を変えたい」と願う人であれば、1度は読んでおきたい価値の高い参考書です。スピリチュアルな教えのため、一見宗教的に捉えられやすいですが、無宗教の方はもちろんのこと何かの宗教に属している方でも役立ちます。

だからこそ「自分らしく生きる」ことができるこの参考書は、世界中に広まり多くの人の人生に触れて「人生を変える」ことに使われてきました。

しかし同時に「読むのが難しい」という声もあがったのです。

「奇跡のコース」に書かれている教えが「古典的な詩」の形だからというのもあるのでしょう。
時代が経つにつれ「もっと読みやすければ……」と願う人も多くなってきました。
もしかしたらこう聞くと、今あなたが「あなたの人生を変えることができるよ。自分らしく生きることができるよ。是非読んでみて!」と言われたとしても、多くの人から上がっている「読むのが難しい」という声で、手に取るのを躊躇してしまいますよね。

そのような声を受けて『実は「奇跡のコース」を読むのはとても簡単なんだよ』と「読むのが難しい」という人にもわかりやすく、優しく優しく手ほどきした著者がいます。

それは、世界的スピリチュアルリーダーのアラン・コーエン氏です。

コーエン氏は、最初に「奇跡のコース」を手にする1年も前からその存在を知っていました。
しかしスピリチュアルの分野を歩んでいるからこそ、大げさな広告から詐欺のようなものまで嫌というほど知っていたのです。ですから、初めはその存在を知っていても全く興味を湧くことがありませんでした。

そんなコーエン氏が、ある雑誌をきっかけに「奇跡のコース」を手に入れ、活用すればするほど「自由」も手に入れることができ、恐れや苦しみから解放され、心は安らぎそして活気づいていったのです。そしてコーエン氏は自分だけではなく「世界の人々にも苦しみから解放されて、心の平安と恵みに満ちて欲しい」と願いました。そこで『苦しみから抜け出す参考書「奇跡のコース」』を手ほどきして「優しい参考書」に仕上げたのです。

あなたは、罪悪感・恥・恐れ・不安などといった苦しいものに振り回されて「自分らしく生きる」道から逸れていたりはしませんか? 自分の人生が辛くて「人生を変えたい」と願ってはいませんか?

このコーエン氏の優しい参考書を読むことによって、

・我慢する必要なく人間関係を築くことが出来る
・頑張りすぎることなく仕事で成果を出すことが出来る
・お金の心配をすることなく安心して生活できる
・いつも体調が良く好きなように行動できる

など「自分らしく生きる」ことができるのです。

これは、あなたの人生で重要な一歩を踏み出すこととなるでしょう。
その一歩から、苦しみの元を根本的に解決することができ、あなたが望む素晴らしい人生に変えることができるのです。

さあ! 「人生を変える」実践方法を知り本来のあなたを取り戻すためにも、早速読み進めていきましょう!


日本語版の出版にあたって

はじめに
読者の方々へ
prologue 旅のはじまり 
column1 ACIMとは何ですか?
1 重要なのはたったひとつの選択 
2 個人情報泥棒 
宮殿と王女
神の正体
魂の誘拐犯による侵略
3 現実を見る
夢をあたためる
どう見たって偽物だ
天才が現実を見るとき

 

日本語版の出版にあたって

本書『今まででいちばんやさしい「奇跡のコース」』の日本語版が出版されることを非常にうれしく思っています。

アメリカをはじめとした世界中の国々で何年にもわたって実践されているACourse in Miracles(ア・コース・イン・ミラクルズ、邦訳:『奇跡のコース』ナチュラルスピリット刊、『奇跡講座』中央アート出版社刊、以下、ACIM)は、これまでに多くの方の人生を変容させてきました。

ごく最近になって、日本語版が出版され、ACIMは日本の人々の人生に触れ、癒しをもたらす助けになっています。私は日本人のみなさんとは強い絆を感じており、本書が奇跡についてのさらなる気づきを得るきっかけになれることを光栄に思っています。

ACIMはとりわけ、日本の方々に有効でしょう。なぜなら、みなさんの多くが罪悪感や恥といった意識に苦しめられているからです。

ACIMはこうした厄介な感情に対する格好の解毒剤であり、その教えはいたってシンプルです―あなたには何の罪もありません。苦しむ必要などまったくないのです。よりよい人間になろうと悪戦苦闘することはありません。今のままで十分であり、愛される存在なのです。肩の力を抜いて、ただただ自分らしくいてください。

あなたらしく生きる勇気と自信を身につければ、求めるすべての愛情と成功がやってくるでしょう。

私はACIMを30年以上実践しており、レッスンを活用すればするほど、どんどん自由になってきました。心を開いて、宇宙があなたに恵みをもたらすままにいれば、あなたもより解放され、さらなる心の安らぎを感じるようになるでしょう。

キリスト教の言葉が使われているものの、ACIMは宗教的なものではありません。ほかの宗教に属している人にとっても、無宗教の人にとっても、役に立ちます。

そのメッセージは普遍的で、あらゆる人にあてはまり、人類を何千年にもわたって悩ませてきた恐れや苦しみから解放し、心を活気づけてくれます。

本書の価値を理解し、日本の読者に紹介してくださることになったフォレスト出版に心からの謝辞を述べさせていただきます。

フォレスト出版の代表者である太田宏さんはACIMの熱心な勉強家であり、本書の強力なサポーターです。より一層の精神的な気づきを日本の読者に届けたいという彼の見識と慧眼には目を見張るばかりです。フォレスト出版の方々には多大な努力を払っていただきました。優秀で思いやりにあふれた編集者の杉浦彩乃さんの仕事ぶりには感銘を受けました。

また、今回、翻訳を担当いただいた積田美也子さんと彼女を紹介してくれた河越理恵さんには本当に感謝しています。おふたりはACIMの世界観をとてもわかりやすく、読みやすく翻訳するために二人三脚で力を注いでくださいました。ACIMを明快に伝えたいという本書の使命の一助を、確かに担っていただいたと思います。心からの愛と祈りを送ります。

さらに、日本の方々と私の著作の架け橋になっていただいている穴口恵子さんにも心から感謝いたします。穴口さんは常日頃から、日本での活動に全身全霊を捧げてくださっています。多くの重要な案件にお力を貸してくださっているダイナビジョンの優秀なスタッフの方々にも御礼申し上げたいと思います。

そして、日本でのACIMの出版を実現するために、ポジティブなエネルギーを甚大に注がれた株式会社ナチュラルスピリットの今井博央希社長とスタッフの方々に感謝の言葉を述べたいと思います。

また、私に本当に多くのサポートを寄せてくださるみなさんに、心からの感謝を申し上げます。

本田健さんとアイウエオフィスのスタッフの方々、龍&アニキさん、竹田和平さん、中野裕弓さん、佳川奈未さん、本田晃一さん、中谷彰宏さん、神田昌典さん、寺山心一翁さん、人見ルミさん、青木勇一郎さん、そして株式会社船井メディアのみなさん。

最後に日本で私の本を出版してくださり、癒しのメッセージをシェアしてくれているすべての出版社に感謝の気持ちを伝えなければなりません。

日本の読者のみなさんが、本書から受け取る言葉やエネルギーから多くの恵みを得られることを心から祈っています。

そしてもっと自由に、もっと輝いて、もっと安らぎを感じるようになることを願っています。あなた独自の強さと美しさがあるのだと胸を張ってください。

受け取るべき恵みをたっぷりと受け取り、あなたが本来のあなたとして生きることができますように。

アラン・コーエン

 

はじめに

169ac5aea2e0b653a94298f28572df4c_m

ACIMは、人類にもたらされたもっとも深遠なスピリチュアルな教えのひとつです。ACIMは、やさしく、かつ大胆に、たくさんの人々の人生に触れ、変容させてきました。恐れによる支配から魂を救い、そんなことが可能だと思いもしなかった人々の心に平安をもたらしています。

ひょっとすると、あなたはすでにACIMから恩恵を受けているひとりかもしれません。あるいは、これからまさにそれを手に入れようとしているところかもしれません。

ACIMは、非凡な才能と驚くほど美しい詩が融合した文学作品です。

ほとんどの場合、それを理解し、実践するには、手助けが必要になります。難解で、曖昧、不可思議であり、今まで教えられてきた世界観に議論を挑むものだと考える人もいます。多くの人がこう言うのを耳にしてきました。

「何年か前に本を手に入れ、少しだけ読んでみました。けれど、ついていけなかったので、今は本棚に眠っています。もう少しやさしかったらいいのですが」

皮肉なことに、ACIMはすでに簡単なのです。世界一簡単だという人もいるでしょう。

自分を批判したり、心配したり、人間関係で苦しんだり、「一体どんなふうに人生を送ったらいいのか」と必死に考えるよりも、愛し、癒し、赦しを行うほうが、結局は、はるかに容易なのです。

ACIMの目的は、そうした愛の実践がどれほどたやすく、人生のあらゆる要素となっているかに気づくことを手助けすることです。人生と格闘して、日々を生きる必要はありません。人生を難しくしているのはすべて、恐れです。恐れは、愛という実在を覆い隠してしまう悪夢といっても過言ではありません。

あなたが手に取っているこの本は、ACIMを理解し、その崇高な原理原則を実践的かつ実行可能なやり方で、活用していく助けとなることでしょう。

たとえば、

・ あなたの魂をぼろぼろにするような人間関係からどのように安らぎを見つけるか
・ 重い足取りで大嫌いな仕事に向かう毎日や、肩に重くのしかかるお金の心配から解放される方法
・ 自分の体の状態について意識する智慧
・ 愛する人を失った友人を慰める言葉
・ 子どもが間違った道を歩みはしないかという恐れを克服する術

など、「人生を生きるに値するものにするには?」という疑問に対する決定的な答えが、本書ではすべて実例で紹介されています。

ACIMのテキストの詩的な一節では、流れに身を任せることで、いかに人生が楽になるかが記されています。

神とともに決断することを学んだとき、すべての決断は呼吸するのと同じくらい簡単で、間違いのないものとなる。努力は不要であり、あなたは、まるで夏の日に静かな小径を運ばれるかのごとく、やさしく導かれるだろう。(T-14.Ⅳ.6.1-2)

ACIMは、つらい苦しみから抜け出すための案内図です。癒しがもはや困難と思えるほどに、幸せをねじ曲げてしまうのは、ただ、心が幻想にとらわれているからです。
ACIMを知れば、生きることはシンプルになります。ACIMが放つシンプルさという光に導かれて、複雑な迷宮から、一緒に抜け出しましょう。

そうすれば、人生に対する期待が高まり、あなたの魂を侮辱するようなものを拒否するようになるでしょう。
あなたは分不相応なものを要求しているのではなく、分不相応な状況に甘んじているだけです。

ACIMの教えは、癒しへの近道であり、苦しみの表れであるさまざまな状況や問題に対する一時的な対処ではなく、苦しみの元となっている原因を根本から解決するものです。
さらなる理解を深めたいACIM学習者の方も、一度も実践したことがない方、これからも実践する気のない方も、本書から得られるものがあるでしょう。

ACIMの原書を読むことをお勧めしますが、本書を読むだけでもエッセンスを把握することは可能です。
私たちは、今まさに、あなたの人生でもっとも重要な旅の一歩を踏み出そうとしています。
苦しみの根源を取り消し、世界を危険なものにしている気違いじみた混乱から解放され、どうぞ、安心を手に入れてください。
あなたをちっぽけな存在だと信じ込ませてきた思い違いを取り除き、真理を明らかにして、素晴らしい本来のあなた自身を取り戻しましょう。

さあ、私たちの本当の家に帰りましょう。

 

読者の方々へ

A Course in Miracles(ア・コース・イン・ミラクルズ)を表記するにあたって、本書では、ACIM(原題A Course in Miracles の頭文字より)を使っています。

本書における、ACIMの引用は、Foundation for Inner Peace(内なる平安のための財団)から出版されている”The Only Complete Edition”(唯一の3部作完全版)から用いています。

この完全版に含まれるテキストには、学習者がどこに何が書かれているかを見つけやすいように、採番方式がとられています。本書で使われている略語の「T」は「テキスト(Text)」、「W」は「学習者のためのワークブック(Workbook for Students)」、「M」は「教師のためのマニュアル(Manual for Teachers)」、「C」は「用語の解説(Clarificationof Terms)」を示します。また、それぞれの略語のあとに記載されている番号は、引用元の章、段落、文章を指します。

本書はふたつのパートで構成されています。中心となるパートでは、ACIMの原理原則、および内なる安らぎや癒しを得るためにそれらをどのように活用したらよいかが解説されています。もうひとつのパートには、ACIM特有の要素や実践においてのよくある質問と回答が収録されています。

ACIMの詳細については、出版元のFoundation for Inner Peace のウェブサイト(www.acim.org)を訪問されることをお勧めします。

数多くの素晴らしい団体がACIMの学習を支援していますが、最初の出版元であるFoundation for Inner Peace のウェブサイトでは、筆記者の経歴や写真、DVD、毎日のオンラインレッスン(視聴は無料)、CD、ACIMの翻訳が出版されている言語の情報、モバイルアプリを含む電子版のACIMなど、幅広い情報が提供されています。サイトは英語でのみ運営されています。

Foundation for Inner Peace は、ACIMを通じて人々をよりよい方向へ導こうとする非営利団体であり、寄付によって運営されています。

より多くの人々がACIMから恩恵を得るサポートをしたいなら、寄付はそれを可能にするためのひとつの価値ある方法でしょう。寄付についての詳しい方法はFoundation forInner Peace のウェブサイトで紹介されています。

多くの団体がACIMの普及に向けて取り組んでいますが、その数が多すぎてすべてをご紹介できません。ACIMを通じて、人々に安らぎをもたらそうとするあらゆる団体にとって、みなさんの支援は支えとなることでしょう。

 

prologue 旅のはじまり

私は机の上の小さな茶色い段ボール箱をじっと見つめていました。中身が何かを想像しようとしましたが、わかりません。

私にわかっていたことはただひとつ。箱の中に入っているものが重要、しかも、かなり重要だということです。

けれど、その箱の中身が、私と多くの人々の人生において、こんなにも重要になろうとは、このときの私にはまったく思いもつかないことでした。

ACIMのことは、段ボール箱を手にする1年前から知っていました。掲示板に貼ってあるポスターを見かけたり、周囲の話を小耳に挟んだりしていたからです。

私は懐疑的でした。長いことスピリチュアルの分野を歩んできた私は、誇大広告やペテンをいやというほど目にしてきました。

『奇跡のコース』――そもそもこのタイトルが好きになれません。

うぶなニューエイジャーたちの前で魔法の力を見せびらかす、心理学用語をやたらと使った新手の商品?

それとも、カルト教団が姿なき尊師の金庫を肥やすために売り歩く教材?

私は低俗なまじないにも、カルマをさらに作り出すようなことにも関わりたくありませんでした。どうせまた似たような形而上学的な読み物だろうと、まったく興味がわきませんでした。

そんな折、雑誌『サイコロジー・トゥデイ』に載っていたひとつの記事が目にとまりました。道を歩いている男のもとに3冊の金色の本(※1)が舞い降りてくる、いんちきくさいイラストが描かれています。

安っぽいさし絵であったにもかかわらず、私は記事を読みました。そして、自分でも驚くことに興味をそそられたのです。

ACIMは、私が想像していたようなものではありませんでした。物質的というよりもっと精神的なもの、つまりモノではなく意識について書かれているようでした。

記事を読み終わるころには、本を手に入れたくなっていました。頭で考えたというより、むしろ直感的に惹かれたのです。思い返せば、そのときの内なる声こそがACIMでいうところの「聖霊」だったのでしょう。

しかし、当時の私には知る由もありません。わかっていたのは、それらの本に一体何が書いてあるのかを知りたいという純粋な欲求だけでした。

さて、次に目に入ってきたのはこんな文言です。

「価格:40ドル、送料別」

当時の私にとって40ドルは結構な大金でした。友人の家の屋根裏部屋を借りていた私は、ヨガにいそしみ、ギターを弾いて、インスピレーションが刺激される音楽を聴いたりしながら暮らしていました。月150ドルの家賃はかけ持ちのアルバイトで稼ぎ、そんな生活に満足していました。3冊で40ドルもする本が本当に必要でしょうか?

今となっては、そんな躊躇があったことも笑い話です。その40ドルは人生最高の投資になったのですから。

私は、段ボール箱を開けて1冊目の本を取り出しました。紺色のハードカバーの表紙には、金箔の文字でテキスト と書かれています。

私は序文を読みはじめました。

実在するものは脅かされない。
実在しないものは存在しない。
ここに神の平安がある。

読んだとたん、まるで別次元への扉を開けたかのように、ページから発信されるパワーにのみこまれてしまいました。

その一節の意味はわかりませんでしたが、紙面からほとばしるエネルギーに圧倒されそうになったのです。過去に経験したことのない精神的な高揚が、体じゅうに広がっていきました。

私は読んだばかりの言葉を心に染み込ませようと本を閉じました。
こうして、探求の旅がはじまったのです。

(※1)「A Course in Miracles(ア・コース・イン・ミラクルズ)」(文中ACIM)は、「テキスト」「学習者のためのワークブック」「教師のためのマニュアル」の3部から成っている

 

column1 ACIMとは何ですか?

ACIMは精神的な目覚めのための自学自習システムで、愛の力と赦しを通じて心の安らぎと癒しを手に入れる方法を教えています。

「テキスト」、「学習者のためのワークブック」(以下、「ワークブック」)、「教師のためのマニュアル」(以下、「マニュアル」)の3部で構成されており(※2)、書籍および電子版は大手書店やオンラインショップ、教育センターで手に入れられます。

「テキスト」では、心の平安と癒しにつながる普遍の真理の概念が広範囲にわたって記されています。恐れではなく愛を選択する重要性、私たちの霊性(霊的なアイデンティティ)、神との関係、心の力、真実と幻想の区別、「特別」な関係から「神聖」な関係への変容、外的要因に与えていた権限を自らの内に取り戻すことなどです。

ACIMの根幹をなすのは、中心的なテーマである「赦し」です。ACIMにおける「赦し」は、一般的に浸透している定義よりもはるかに深遠です。

もうひとつの大きなテーマは私たちの神聖な本質であり、それは永久に変わることも滅びることもありません。

「テキスト」は古典的な弱強五歩格(※3)の詩の形で記されています。

シェイクスピアら偉大な詩人が高尚な思想を表現したあの形式です。ある意味、ACIMは学術的な論文というよりも洞察に富んだ詩集なのです。

「ワークブック」には、ACIMの原理原則を適用して、人生において現実的かつ持続的に変化を起こしていくための365日にわたる実践的なレッスンが収録されています。レッスンは日に数分間からはじめ、考え方や人生を包括的に変えていくために徐々に時間を延ばしていきます。ACIMの精神は揺るぎなく、最終的には必ず解放をもたらします。

「マニュアル」では、ACIMの適用についてさらに詳しく解説されています。たとえば、「輪廻転生は真実か」「癒しはどのように達成されるのか」「世界はどのように終わるのか」といった、より鋭い質問への回答のほか、用語の解説も収録されています。「精神療法:目的、プロセス、実践」と「祈りの歌」という小冊子も付属しています(※4)。

現在、ACIMはFoundation for Inner Peace のウェブサイトで確認できるだけでも24か国で翻訳されているほか、そのほかの言語にも翻訳が進行中です(言語の一覧についてはwww.acim.org をご覧ください)。

数多くの国々でたくさんの人々がACIMから恩恵を受け、人生が大きく変化しています。ACIMが包含する並外れた愛や智慧は間違いなく実現されているのです。

(※2)英語版は、現在1冊に集約されている。日本では、ナチュラルスピリットと中央アート出版社の2社から出版されており、ナチュラルスピリットは2冊、中央アート出版社は3冊で構成されている

(※3)英詩などで一般的な、弱い音と強い音を五回繰り返して韻律を構成する形式
(※4)日本では中央アート出版社発行の「マニュアル」にのみ収録

 

1 重要なのはたったひとつの選択
4d2ad5c34554b552e22d219e1e7470b2_m

ニューヨークのブロンクスで地下鉄を降りたジュリオ・ディアスは、ティーンエイジャーの男に、ナイフを突きつけられていました。

青年が要求すると、ジュリオはすすんで財布を差し出しました。
あわてて逃げようとする青年に、ジュリオはこう呼びかけました。

「ちょっと待って、忘れ物があるよ。このあとも強盗を続けるのなら、ぼくのジャケットを持っていくといい。外は寒いぞ」

呆然とした青年は振り返ってジュリオに尋ねました。
「なんでそんなことをするんだ?」

「きみはわずかな金のために自分の自由を危険にさらしているんだ。だとすれば、本当にお金に困ってるんじゃないかと思ってね。実はぼくはお腹がすいているんだ。よかったら、一緒にどうだい? ぼくは大歓迎だよ」

実際には、こんなことはあり得ない話だと思われるかもしれません。

ところが、ふたりは実際にレストランに行き、一緒に食事をしながら身の上話をしたのです。

ジュリオが「人生に何を望むか」と尋ねると、彼は答えられず、ただ悲しそうな顔をしました。
いざ会計のときになって、ジュリオは青年に言いました。

「ぼくの財布を持ってるんだから、きみがごちそうしてくれなくちゃ」
青年はジュリオに財布を返しました。

勘定をすませたジュリオは、ナイフと交換だと言って彼に20ドルを渡しました。青年はジュリオの言葉に従いました。

「人から大切にされたければ、人を大切にしないとね」
ジュリオは言いました。
「とても単純なことなのさ。こんなに複雑な世の中であってもね」

(この感動的な出会いの再現動画はYouTube の『Hey, you forgot something.(ちょっと待って、忘れ物があるよ)』でご覧いただけます)

このエピソードは、ACIMの象徴と言っても過言ではありません。ACIMは、一瞬一瞬、恐れと愛のどちらを選択するかを私たちに問いかけています。

強盗に遭遇したジュリオ・ディアスの運命のシナリオは何通りもあったでしょうし、そのほとんどは悲劇的なものだったでしょう。

しかし、ジュリオは、危険な状況を愛のレンズを通して見ることを選び、恐れから行動していた場合に作り出したであろう結果とは、まったく異なる結末を生みだしたのです。愛を選ぶことで、奇跡は自然な結果となるのです。

「どうすれば生涯のパートナーと出会えるのだろう?」
「このまま結婚生活を続けるべきか、それとも別れるべきか?」
「今月の支払いをどうすればいい?」
「情熱と収入、どちらも手に入る仕事はあるだろうか?」

「自分の居場所は一体どこにあるんだ?」
「どうすれば健康でいられるだろう?」
「わずらわしい身内にどう対処すればいい?」

などなど、厄介な選択に次々と直面すると、人生に圧倒されるような感覚になるかもしれません。

しかし、こうした選択はすべて見せかけです。たったひとつの、本当の選択は、恐れか愛のどちらを選ぶか、ということだけです。

恐れは苦痛をもたらし、愛は癒します。これ以外のことはすべてあなたの解釈にすぎません。

恐れを抱く心は、物事を複雑にすることで、この世の中の困難が避けられないもののように思わせます。

ところがACIMによれば、この世界は厳しい場所などではなく、それどころか苦悩を避けることが可能だと教えています。

つまるところ、すべての選択は、癒しをもたらすものと、苦痛をもたらすもの、このふたつしかないのだということがわかると、あなたの想像よりはるかに早くたやすく、心は平安を得て、本当の家に帰る道を見つけることができるでしょう。

明らかに異なるふたつの選択肢からひとつを選ぶのは実に簡単である。(T-26.Ⅲ.7:4)

教師はふたりしかおらず、それぞれに違う方向を指し示している。そしてあなたは自分の選択した教師が導く道を進むことになる。依然として時間が存続し、選択することに意味があるあいだは、あなたが進める方向はふたつだけである。なぜなら、天国に至る道以外は決して作られないからである。つまり、天国へ向かうのか、あるいはどこへも行き着かないかのどちらかを選ぶしかない。それ以外の選択肢は存在しない。(T-26.Ⅴ.1.7-12)

 

2 個人情報泥棒

クレジットカードの明細書を見て、目の玉が飛び出しそうになりました。まったく身に覚えのない5000ドルの借り入れが2回分も請求されていたのです。

何者かが私のクレジットカードの情報を盗み、ダラスで洋服を大量に買いこんでいたのでした。幸い、カード会社が被害を補償してくれましたが、こうした事件は珍しくありません。

1日に盗まれる個人情報は約3万6000件にのぼり、年間の被害総額は210億ドルに相当します。銀行やインターネット企業は、顧客の個人情報を保護するために入念なセキュリティ対策を講じるようになっています。

ところが、クレジットカード情報よりはるかに油断ならない形であなたの個人情報を盗む泥棒がいます。

この泥棒はあなたに本来の姿を忘れさせ、自分はちっぽけで制限された無力な存在だと信じこませてしまいます。

本当のあなたを否定し、偽者のあなたを本物だと主張するのです。

あなたがこの世に生まれるやいなや、きわめて重大な個人情報の盗難がはじまっているのです。

親や教師、兄弟姉妹、聖職者、権力者といった人々は、あなたが役立たずで、醜く、価値のない、罪深い人間だと教え、世の中はどこもかしこも危険ばかりの恐ろしい場所だと忠告します。

時間の経過とともにあなたはそんな途方もない嘘を信じはじめ、強くて美しい、罪のない本来の自分を忘れてしまいました。

ついには、あなたは神から授かった本当の自分とは真逆のアイデンティティを受け入れ、自分ではない別の誰かとして生きているのです。

ずっと嘘をつき続けていると、そのうち本当に思えてくるものです。

私は中学生のとき、ニュージャージー州のアトランティックシティで開催されたビートルズのコンサートに行きました。

翌日、学校へ行った私はクラスメイトのドナの気を引くために、コンサート会場から出てきたポール・マッカートニーにばったり会ったのだと話しました。

さらに話を誇張して、ポールにギターピックをもらった、とまで言いました。その証拠に「P.M.」という彼のイニシャルが彫られたギターピックを見せるとドナは目を見張り、瞳をきらきらと輝かせました。

彼女をもっと驚かせたくなった私は、その手にそっとギターピックを握らせてささやきました。

「きみに持っていてほしいんだ」

すると、うっとりとしたドナは私の頬にキスをしてくれたのです。もちろん、私の頭の中はバラ色です。

ポール・マッカートニーからギターピックをもらったという噂はどんどん広まり、私は中学校じゅうの人気者になりました。

もちろん、この話は完全なでたらめです。ところが、来る日も来る日も細かなディティールに至るまで説明を加えながら同じ話をしていたせいで、今思い返してみても、本当に起きた出来事だったかのように思えます。

コンサート会場の裏口から駆け出してきたポール・マッカートニーが私に向かってギターピックを放り投げる姿が、はっきりと目に浮かぶのです。

実際には一度も起こっていないことなのに、考えるだけで胸がどきどきするのです!

心理学者によれば、潜在意識は現実と想像の区別がつけられないそうです。

マインドにイメージが植えつけられると、それが事実であろうと作り話であろうと、実際に起こった出来事に思えるというのです。

そのイメージに感情が伴う場合はなおさらです。実際、催眠術師が被験者の腕に消しゴで触れ、その消しゴムが火のついた煙草だと伝えると腕には水ぶくれができます。逆に火のついた煙草で触れても、それが消しゴムだと認識するなら水ぶくれはできません。

ACIMには次のように記されています。「あなたが抱く思いには強大な力があり、幻想もまた、それらが及ぼす影響という点では、真実と同様に強い力を持つ」(W-132.1:4)

また、次のようにも説明されています。

……恐れを味わいたくないのであれば、理解しておかなければならないことがいくつかあり、しかも十分に理解されなければならない。心にはとてつもない力があり、決してその創造力を失うことはない。決して眠ることもない。心は、毎瞬、創造している。思いと信念が融合して大きなうねりとなり、文字通り山をも動かせるほどの力になるということを認識するのは容易ではない。……無駄な思いはひとつも存在しない 。すべての思考は何かしらのレベルで形を生み出す。
(T-2.Ⅵ.9:4-8…13-14)

世界全体についての認識(知覚)を生じさせるものを、無駄などと呼べるはずがない。
(W-16.2:2)

自分自身に関するありとあらゆる嘘を真に受けた潜在意識は、自分や世の中の間違っているところばかりを強調します。

経済状況、人間関係、仕事、健康をはじめ、人生におけるそのほかの重要な活動分野においても、あなたはこうした嘘に騙され、疲れ果てています。

あなたが目にしている、あたかも本当のように見える世界は巨大な幻想のもとに成り立っています。非常に多くの人がその幻想に賛同し、それに従って生きているため、そのように見えるだけです。

とはいえ、どれほど大勢が受け入れたところで嘘が真実になることもなければ、愛よりも恐れが重要になることもありません。

幻想から私たちを救い出すことができるのは真実だけです。

間違ったアイデンティティから解放されるには、本当のあなたを思い出すしかないのです。

 

宮殿と王女

幼いころに誘拐され、盗賊の一家と暮らしていた王女の物語があります。

盗賊のすさんだ生活にすっかり慣れてしまった王女でしたが、数年後、王の召使いに発見され、宮殿に連れ戻されます。

王と女王は娘を盛大に迎え入れ、彼女が使うことになる美しい部屋を見せました。豪華なベッドがしつらえられ、色とりどりの花が飾られ、香が焚かれて芳しい香りが漂い、窓の外には息をのむような絶景が広がっています。もちろん、いつでも呼びつけられるよう召使いたちも控えています。

ところが王宮でのはじめての夜、王女はどうしても眠ることができません。
「ここから出して……」

彼女はついに泣き叫びました。
「家に帰して!」

王女はすでに自分の家に帰ってきていたことに気づいていなかったのです。

気品や王位や富は、彼女が生まれながらにして持っている権利です。ところが、貧しい暮らしが当たり前になっていたために、宮殿が自分の家だとは思えなかったのです。

「当たり前」と「生まれつき」は似て非なるものです。あなたも王女と同じです。

精神的に、本来の自分に見合う家よりもはるかにみすぼらしい場所で暮らすことが当たり前になっているのです。

本当の家に帰るには、本来のあなたを思い出すしかありません。ワークブックのレッスン94では「私は神に創造されたままの私である」と説いています。

この教えは、ワークブックの中で唯一繰り返し出てくるレッスンであり、しかも、一度ならず(レッスン110)、二度までも(レッスン162)繰り返されているうえ、テキストにもたびたび出てきます。

ACIMは、あなたの本当のアイデンティティは霊的(スピリチュアル)なものであり、それしかないという真実へと導きます。

名前、年齢、体重、住所、人間関係、仕事、通帳の残高、傷病歴―これらすべては本当のあなたではありません。世の中があなたという人を特定するためのあらゆる属性はあなた自身とは違うのです。世間は断片的な一面だけで、あなたが何者であるかを決めてしまいます。

一方で、神は欠けたところのない完全なものとして、あなたを見ています。ACIMはその全体を通して、神があなたを見るのと同じ視点で自分自身を見つめることを手助けしてくれます。

神の視点で自分自身を見られるようになれば、自分が誰なのかを知り、神から授かったアイデンティティのもと、胸を張って生きられるようになるのです。

神へ向かう旅とは、あなたが常にどこにいるのか、あなたが永遠に何であるのかについての智識を、再び目覚めさせることにすぎない。(T-8.Ⅵ.9:6)

 

神の正体

古典映画の『十戒』(1956年、アメリカ)では、チャールトン・ヘストン演じるモーセがシナイ山で燃える低木に姿を変えた神に出会います。

モーセが神に「あなたは何者か?」と尋ねると、神は
「私は〝それ〟と呼ばれているところの者である」

と答えました。なぜ人々を苦しみから救い出さないのかとモーセが訊くと、神はこう言いました。

「あの地であの者たちを救うのは汝だからである」

何年ものあいだ、誰が神の声を演じたかは秘密にされてきましたが、ようやく、モーセを演じるチャールトン・ヘストンの声を特殊効果で神の声に変えていたことが明らかになりました。

聖書の言葉がそのまま使われたこのシーンには、「神の声は自分自身の声にほかならない」という重大な霊的洞察が隠されていたのです。

神があなたに話しかけるとき、あなたは真の自分自身からのガイダンス、つまり導きを受け取っているのです。

気づいていようといまいと、いかなる瞬間にもこうした導きは起こっています。幻想という特殊効果で歪められてしまった声は自分の声とは思えないのです。映画会社は声の主を隠していましたが、秘密は真実に道を譲りました。

あなたが神に話しかけるとき、あなたは自分自身に話しかけているのです。

では、神に訊いてみましょう。「どうすれば世界が変わるのか」
答えはこうなります―「汝の手で」

もちろん、モーセのように杖を手にファラオに立ち向かい、虐げられている人々を救うということではありません(とはいえ、比喩的にはこれがまさしくあなたの行動となりますが)。

より本質的なことを言えば、あなたがただ本来のあなたに戻ることによって、神の存在を認識すれば、目の前の世界が解放されるということです。

あなたの本来の姿とは、あなたと世界を解放する「〝それ〟と呼ばれているところの者」、つまり、神なのです。

 

魂の誘拐犯による侵略

私の友人のサラが出産を終えたばかりの友達を見舞いに病院を訪れると、産科病棟には厳重な警備体制が敷かれていました。

数か月前に何者かが病棟に忍びこみ、赤ん坊を盗んでしまったというのです。病院は事件が再発しないよう、対策を講じていたのでした。

この事件は、私たち全員に起こったことを象徴しています。恐れと幻想が、私たちを本当の家族から引き離したのです。

聖書には、私たちが「遠い国」に連れていかれたとあります。真実が徹底的にねじ曲げられ、崇高な精神が欠如したその場所では、地獄こそが人類の運命のように思えます。

ところが、『新約聖書』の中の「ルカによる福音書」に出てくる放蕩息子と同じように、私たちはやがて豚と一緒になって泥だまりにいることにうんざりしてきます。こんな人生が神の意図したものであるはずがないと感じ、家に帰る道を見つけようと、じっとしていられなくなるのです。

虚しさや苦しみばかりを感じるようになると、より高い次元の答えを受け取ろうと、手を伸ばします。すると、誰かがACIMやそのほかの有益な教えについての情報を知らせてくれます。それらは私たちの本来の家までの道順を示してくれるスピリチュアルなGPSです。

幻想の世界に深くはまり込んでいた私たちは、今や真実を渇望しています。

そして、「求めよ、さらば与えられん」という有名な言葉があるように、求めれば、真実は与えられるのです。

卑小さに甘んじてはならない……しかしながら、選択のたびにあなたが見落としているのは、あなたの選択は自分自身に対する評価だという点である。卑小さを選択すれば平安はない。なぜなら、それは自分を平安に値しない者と判断した結果だからである……どのような形の卑小さであっても決してあなたを満足させることはできないという事実を受け入れること、しかも喜んで受け入れることが肝心である……なぜなら、あなたは偉大さの中でしか満足できないからである……。(T-15.Ⅲ.1 とT-15.Ⅲ.2 より抜粋)

 

3 現実を見る
cd09d7820c2d4abdca047e5206cf9202_m

大都市にあるテレビ局のスタジオで、私は出演の出番を待っていました。私のインタビューがはじまるのは正午のニュース番組のあとです。

そのニュースは無残な殺人事件からはじまり、レイプ、戦争、不況、政治スキャンダルへと続きました。どうにも気分が落ちこんできます。

しかし、そのうち明るいニュースも出てくるだろうと気を取り直しました。

そして、私の期待は見事に裏切られました。15分のあいだに流れてきたのは悲惨な報道ばかりで、頭のまともな人間が遭遇したいと思う出来事はひとつもなかったのです。もう笑うしかありませんでした。気が滅入るどころではなく、ばかばかしいほどです。信じられません。

最後に自動車事故と交通の混乱に関する情報で番組が終わると、ようやくキャスターが言いました。

「さて、ここからは心が活気づけられる新刊を発表された著者に、有意義な人生を送る方法についておうかがいします」

カメラが私の姿をとらえました。そのとたん、私は心の中で映画『マトリックス』に登場する主人公ネオに変貌しました。
あの天才モーフィアスが両方の手のひらを広げて差しだすシーンです。片方の手には赤い錠剤が、もう片方には青い錠剤が乗っています。

赤い錠剤を飲むと、ネオは本当の世界に目覚めて真の自分に戻り、青い錠剤を飲むと、これまで通りではあるけれど、息苦しい幻想の世界が続くことになります。

私は背筋を伸ばすと、赤い錠剤に手を伸ばしました。そして視聴者に向け、愛は私たちの生まれながらの権利であり、恐れは嘘を語る詐欺師なのだと話しました。幻想にとらわれた世界にあっても、本来の自分として生きるよう訴えかけたのです。

私が届けたのは先ほどのニュースとは違う報道です。

「誰もが世の中で教えられてきたよりも素晴らしいものを手にする資格があります。まわりの状況がどれほど狂気の沙汰であっても、あなたは自分の人生を自分で動かす力を持っています」

これが私の伝えたニュースでした。

番組が終了すると、著名なベテランジャーナリストのキャスターに呼ばれました。

「あなたの意見にまったく同感ですよ。この仕事をしていると、どうにも気分がふさいでしまってね。われわれが報道していることだけが人々の人生ではないはずです」

 

夢をあたためる

熱い夢を抱いていても、まわりの人から冷や水を浴びせられることがあります。結婚したいと思っている相手、計画している事業、申し込もうかと考えているクルーズ船の旅―友人や身内に話すと、期待していた「やってみればいい!」という激励ではなく、「現実を見ないと!」という冷たい声が返ってきます。

そのとたんにあなたの意気ごみは砕け散ります。あなたは計画をあきらめるか、あるいは、決行するための勇気をもう一度高め、弾みをつけないとならないかのどちらかです。

まさしく「豚の前に真珠を投げるべからず」(マタイによる福音書 7:6)なのです。

大切な構想について話すときは、あなたの意欲を「疑い」という名のシュレッダーにつっこもうとする人ではなく、応援してくれる人を選ばなくてはいけません。

あなたを理解し、信じてくれるひとりかふたりの親友がいれば十分でしょう。

そんな人がひとりもいないように思えても、あなたのそばにはちゃんと神がついています。

「『誰が私とともに歩んでいるのか』という問いを、日に1000回でも自身に問うべきである。確信が疑いに終止符を打ち、平安が訪れるまで」(W-156.8:1-2)

あなたが神を信じなくても、神はあなたのそばにいるのです。

人が「現実を見ろ」と言うとき、ほとんどの場合、その真意はこういうことです。

「出過ぎたまねはよせ。限界を知り、閉じこもっていろ。私だって恐れだらけの小さな世界に閉じ込められているんだ。あなたの発展的なビジョンなど耳にするのもおぞましい。あなたは私と一緒にこの泥沼で這いつくばっていればいいのだ。この小さな世界を大きな可能性なんてもので揺さぶられてたまるものか!」

成功や幸せは手に入らない幻で、苦悩が人生の現実だということが前提になっているのです。

ACIMの考え方はこれとは違います。ACIMには「世界が信じていることで真実であるものは何ひとつ存在しない」(W-139.7:1)とあり、「私には奇跡を経験する資格がある」(W,Lesson77)ことを忘れないよう求められます。

幸せ、豊かさ、成功は、あなたの生来の権利であり、運命です。それ以外はすべて錯覚です。

ACIMでは、白と黒が逆転している写真のネガのように、世の中で信じられていることすべてが逆転していると説いています。

写真のネガは薄気味悪く、意味をなしません。世界はそれとまったく同じです。

しかし、神は薄気味悪い世の中など創ってはいません。作ったのは人間です。他人が指さす場所に目を凝らしても、そこに真実の世界を見つけることはできないでしょう。

恐れにとらわれた心は、恐れに支配されることになります。

けれど、「私は自分の家におり、ここでは恐れはよそ者である」(W,Lesson160)と考えてください。

何が真実かを知りたければ、人生とはこういうものだと教えられてきたことと反対のことをしてみましょう。方法はそれしかありません。

『未来世紀ブラジル』『恋に落ちたシェイクスピア』などの脚本で知られるチェコ出身のイギリスの劇作家トム・ストッパードは言っています。

「本当の人生がはじまるのは、自分が考えていたことのほとんどが間違いだとわかったときだ!」

 

どう見たって偽物だ

子どものころ、土曜日の午後になると友達と映画館へ行って、たて続けに2、3本の怪物映画を観たものです。

スクリーンに決まって登場するのは、探検家が巨大な恐竜に食べられそうになるシーンです。当時の特殊効果はまだ稚拙で、恐竜が本当はどこにでもいるような10センチほどのトカゲを極端に拡大撮影したものであることは一目瞭然でした。

友達はその場面になると、いつも笑いながら私を肘でつっつきます。
「どう見たって偽物だ!」

人生という映画のスクリーンに怪獣が登場するとき、ACIMはあなたの隣に座っている友達です。あなたを肘で小突き、笑いながら、「どう見たって偽物だ!」と思い出させてくれます。「あなたがどこへ行こうとも必ず神がともに行くことを覚えていれば、恐れにとりつかれた思考を本当に笑い飛ばすこともできる」(W-41.10:1)

特殊効果によって実在するように見えたところで、世界は単なる映画にすぎません。もちろん、それには映画館で観る程度の信憑性しかありません。アルベルト・アインシュタインはこんな言葉を残しています。

「起こっていることは幻想にすぎない。非常に執拗ではあるが」

ACIMが要求するのは、神が創造した本当の世界と恐れが作り上げた幻想の世界とを見分ける能力です。

ワークブックのレッスン14には「神は意味のない世界を創造しなかった」とあり、「神はあの惨事を創造していない。したがって、それは本当のことではない」(W-14.4:7)と認識するよう説かれています。

そして、私たちが目にしている恐ろしい出来事を思い出し、それぞれを「神はその○○を創造していない。したがって、それは本当のことではない」と確認するよう求めます。

また、「目で見ている世界は実在とは何の関係もない」(W-14.1:4)とも強調されます。これは、真実から生じていない出来事に信憑性を持たせないようにするための訓練です。

「いや、ちょっと待て!」と理性が反論します。

「あれは本当の出来事だ。毎日のように起こっているし、ひどい目に遭った人だって知っている。現実から目をそむけて、あの災難が現実じゃないとでも言うのか? 実際に起こったことではないか!」

ACIMでは痛ましい経験を別の視点からとらえます。

つまり、恐ろしい出来事に動揺することで、その出来事に不当な力を与えてしまっているのです。それこそ現実から目をそむけ、愛の存在を否定することにほかなりません。これまで教わってきた世の中に対する見方からは、大きくかけ離れた考え方かもしれません。

とはいえ、人生を根本から変えたいのであれば、根本から出発する必要があるでしょう。あなたの毎日が完璧に順調で、あなたが幸せなら、そのままでかまいません。

しかし、今現在の生活にあなたが求めている安らぎがないのであれば、人生を別の方法で見つめ直す時期かもしれません。

もしかしたらあなたには奇跡が必要かもしれないし、奇跡に関するACIM全体を必要としているのかもしれません。きっと私たちはみな、それらを必要としているのです。

 

天才が現実を見るとき

ヘイハウスラジオ(www.hayhouseradio.com)からレギュラー番組の司会を依頼されたとき、その番組のタイトルを考えなければなりませんでした。

即座に頭に浮かんだのは「現実を見ろ」というフレーズです。私は二重の意味を持つこの言葉が気に入りました。

一見したところでは、あなたがどういう人間で、何を信じ、どう生きたいのかに正直になるよう―つまり本音で生きようという呼びかけです。

そしてもう少し深い意味では、この世界が教えてきた「私たちは何者であるか」という定義をはるかに超えて、私たちという存在は「真に実在するもの」であるということをリスナーに思い出してもらいたいと考えました。

私たちは誰もが神が表現したものであり、神聖な想念を吹きこまれた存在です。私たちこそが自分自身と恋に落ちた神なのです。私たちは慈悲深い創造主のイメージにおいて、創造主そっくりに創られた霊的存在です。

「神が創造したものが神から分かれることはない。父がここまでで終わるという場所はなく、父から分離したものとして神の子がここからはじまるというようなところもない」(W-132.12:4)

世界をよりよい場所へと変えた大半の人々は、まわりから「現実を見ろ」と諭されました。発展的な変革をもたらしたもっとも優秀な人々が、正気を失った恥知らずの人間だと烙印を押されたのです。

彼らは投獄されて拷問を受け、最後には殺されました。アルベルト・アインシュタインはこう言っています。

「偉大な人間は凡人たちの激しい反発にいつも遭遇してきた」
アインシュタインよりも前の時代を生きたジョナサン・スウィフトも述べています。

「本物の天才が現れたときはすぐにわかる。劣等生たちが束になって食ってかかるからだ」

「地球は太陽のまわりを回っている」と主張したガリレオは、亡くなるまでカトリック教会に軟禁されました。

それ以前にはイタリア人哲学者のジョルダーノ・ブルーノが、太陽はひとつの星にすぎず、宇宙にはほかの知的生命体が生息する惑星が無数に存在すると主張しました。これが理由で異端の判決を受けた彼は、火刑に処されることになります。刑を言い渡した裁判官にジョルダーノは言いました。

「ひょっとすると 、刑を宣告された私よりも宣告したきみのほうが怯えているのではないか?」

発明家のトーマス・エジソンは、先駆的な科学者ニコラ・テスラが生み出した交流電流を普及させないよう、激しいキャンペーンを行いました。エジソンは自分が発見した直流電流だけが世界で使われるよう望んだのです。

交流電流のほうがはるかに効率的であったにもかかわらず、エジソンは攻撃の手段を選ばず、どうにかして交流電流の危険性を実証しようと公衆の面前で馬を感電死させたほどです。

エジソンはテスラに「現実を見ろ」と言いました。テスラはこう答えるしかありません。
「現実なら今見ています」

最終的には真実が勝利しました。現在、電気をつけたり、コンピューターを使ったり、ラジオを聴いたり、ワイヤレス機器を操作するたび、私たちは現実を見たニコラ・テスラに感謝するのです。

この先、誰かに「現実を見ろ」と言われたら、最高の褒め言葉だと思いましょう。そして、本当の自分と、その自分がここでやるべきことを思い出させてくれたその人に感謝してください。

この世におけるあなたの目的は、あら探しをする人たちを満足させることでも、他人が決めた基準にそった人間として生きることでもありません。

あなたの目的は自分の偉大さに気づき、それを実証することです。

分裂ではなく、理想に基づいて自己を確立し、何が真実かを世界に示すのです。そして、否定的に物事を見る人たちをより高い見地へと誘ってください。

あなたが彼らの現実を必要とするよりも、彼らがあなたの現実をはるかに強く必要としているのです。

賢人は失われようがないものの中に暮らしている。彼らが永遠に生き続けるのはそれが理由である。(荘子)

アラン コーエン著『今まででいちばんやさしい「奇跡のコース」』より抜粋

【書籍紹介~目次】 

519o3gm+HqL

『今まででいちばんやさしい「奇跡のコース」』

 

日本語版の出版にあたって
はじめに
読者の方々へ

旅のはじまり 
column1 ACIMとは何ですか?

1 重要なのはたったひとつの選択 

2 個人情報泥棒 
宮殿と王女/神の正体/魂の誘拐犯による侵略

3 現実を見る
夢をあたためる/どう見たって偽物だ/天才が現実を見るとき
column2 ACIMはどうやって生まれたのですか?

4 投 影
アヒルの鳴き声/罪からまぬがれるための投影/怒れる神が生まれる理由/
救世主症候群/パートナーとの関係を癒す/権力者の正体/
投影を解消する方法/贖罪とは

5 影響のない罪 
エゴの反撃/愛そのものであるあなた/残るのは恵みだけ/
神は記憶喪失/未来は過去ではない/災難は降ってこない/
棄却される申し立て/真の更生/神のように愛する

6 あなたの手で生きる 
血染めのローブ/病は気から/問題の原因は?/
問題からの脱出/死から生へ/感謝という智慧
column3 ACIMは誰が執筆したのですか?

7 特別な関係 
さまざまな特別性/特別な愛と特別な憎悪/特別な愛を癒す/
形を超える/特別な関係の標的になると/特別な関係を変容の手段にする/
1.特別な関係で払う代償を認識する/2.視点を変える/
3.「今」に対する意識を持つ/4.分断ではなく結びつく/
5.聖霊に助けを求める/特別な関係の本当の姿

8 絵と額縁 
今は本当に幸せ/自分を否定することに夢中になる/
心豊かな生活/大切なものは何か
column4 ACIMはキリスト教の教えですか?

9 最後の無益な旅 
犠牲のあとの生命/自分の代わりは誰にもできない/イエスが語る十字架刑/
病気の利用法/1.学校や仕事を休んだり、やりたくないことをしない言い訳にする/2.注意を引き、同情を買う/3.金銭を手に入れる/
4.復讐をする、または他人に罪をなすりつけて自分を「正当化」する/
意識の切り替え/思いやりが勝利する/テロリズムの撲滅

10 魔術を超えて 
本物の力はあなたの内に/ただ神の法則のもとに/本当の医者/
あなたの信仰のままに/信仰の祭壇/完全な愛は病気を治す
column5 なぜACIMは心理学の言葉で書かれているのですか?

『今まででいちばんやさしい「奇跡のコース」』後編のおもな章立て
訳者あとがき

2週間無料で電子書籍読み放題体験できます!

あらゆるビジネスシーンや人生に使える情報を片手に今必要な情報にすぐにアクセスできる!


電子書籍で!オーディオブックで!ウェブセミナーで!


あなたの人生を変えるためのコンテンツがスマホ、タブレットでいつでもどこでも無制限で学習可能!


今なら2週間無料体験受付中!


2週間無料で試してみる